プール水を安全な飲用水へ|2022年2月|産学官連携ジャーナル

まず、浄化する原水をどこから入手するかを検討した。地震や水害などで断水した場合を想定し、井戸水、湧水、河川水、防火用水などを候補として挙げた。ところが、DUV-LED殺菌装置は、生物的危害要因となる微生物は不活化できるが、有害な有機物、化合物、金属などを除去することは、ほとんどできない。原水の前処理として活性炭カラムを使用するとしても、混入した物質の除去には限界がある。本プロジェクトのメンバーである総合水処理メーカーのローレル株式会社とも相談し、安全な原水として学校のプール水を使うことにした。学校はその地域住民の避難場所に指定される場合が多く、もともと安全な水道水を溜めたものだ。溜めた水は動物や鳥からの糞便などの汚染を受けて人に対する病原菌の混入が懸念されるが、病原菌の殺滅はDUV-LEDが得意とするところである。

プール水を安全な飲用水へ|2022年2月|産学官連携ジャーナル

そこで、ローレルがDUV-LEDろ過装置(活性炭カラムとDUV-LED殺菌装置を組み合わせた装置)の試作機の設計および作製を、近畿大学は浄化試験に使用するプール水の確保を担当した。近畿大学生物理工学部は産官学連携を推進しており、キャンパスが立地する和歌山県紀の川市とも連携している。プール水について紀の川市に相談したところ、市内の休校中2校のプール水と、児童が使用する小学校のプール水を提供していただけることになった。災害発生時に遊泳可能な塩素消毒されたプール水を原水として使えるとも限らず、むしろ、夏期以外での使用の方が多いであろう。そもそもプール水にはどのくらいの細菌がいるのだろうか。プール水の汚染状態は春夏秋冬でどのくらい変化するのだろうか。プール水を飲用可能なレベルまで浄化するには、厚生労働省が定めた水道水の水質基準を満たす必要がある。プール水で心配される基準は一般生菌数(100 CFU/mL以下、CFUは生菌数の単位であり標準寒天培地上に集落を形成しうる微生物数)と大腸菌(100 mL中から大腸菌が検出されない)である。そこで、試作機の完成を待つ間、プール水の水質の季節変化を学生とともに調査することにした。

調査した3校は活動中の小学校(A校)、2011年から休校中のT校、2005年から休校して2019年に廃校が決まったM校である(図1)。A校は紀の川市の街中に、T校は山の中腹の果樹園と集落に囲まれた場所に、M校は山中の渓流沿いに立地する。水を長期間入れ換えていないT校、M校のプール水は深緑色で、池のようであった。毎月、紀の川市企画部地域創生課の西川さんに3校まで連れて行っていただき、プール水を採取し、一般生菌数、大腸菌群・大腸菌の有無を検査した。食品の衛生指標として大腸菌群(グラム陰性の短桿菌で乳糖を分解する好気性または通性嫌気性の細菌群;大腸菌も含まれる)が用いられるが、大腸菌群に含まれる細菌の中には動物腸内だけではなく天然環境に生息するものがあり、必ずしも糞便汚染の指標にはならない。そのため、水道水の水質基準では、大腸菌群ではなく大腸菌の陰性が求められている。2019年7月から2020年6月までの調査の結果、A校プールでは一般生菌数は低く抑えられていたものの、たまに大腸菌群や大腸菌が検出された。2020年6月の最後の採水では、さすがのA校プールでも一般生菌数が水道水基準の100 CFU/mLを超えた。通常では6月にはプールが掃除され、新しく水道水が溜められて遊泳可能な状態にリセットされるが、2020年は新型コロナウイルス感染予防のためにプール指導が中止となり、1年間放置されたA校のプールの水質が悪化したと考えられた。T校、M校プール水は年間を通して一般生菌数は水道水基準を超える高いレベルの場合が多く、大腸菌群は常に陽性、大腸菌は時々陽性という結果となった。

2019年秋には、図2のDUV-LEDろ過装置の試作機が完成した。この装置では、まず原水が活性炭カラムで前処理され、その後にDUV-LED水殺菌装置を通過して浄化される。殺菌装置を複数回通過できるよう、浄化水槽から原水槽へと水が流れるように設計されている。早速、水質状態の良いA校プール水をポリタンクで100 L汲み、大学キャンパス内に運んで浄化試験を行った。その結果、殺菌装置に原水を1回通過させることで一般生菌数が21 CFU/mLから0 CFU/mLとなり、一般生菌が完全に殺滅された浄化水を得ることができた。次に水質状態が悪いT校プール水を汲んできて浄化試験を実施した。T校の場合、殺菌装置に原水を1回通過させることで一般生菌数が164 CFU/mLから10 CFU/mLまで減り、水を循環させて殺菌装置を2回通過させることで0 CFU/mLまで殺菌された。ただし、陽性であった大腸菌については1回目の通過で陰性に転じたので、水質が悪いT校プール水を原水に用いても、殺菌装置を1回通過させるだけで一般生菌数も大腸菌についても水道水基準を満たすレベルの浄化水が得られることが分かった。