【特集】「身近な生き物を観察しよう」その8 - 沢だけに棲んでいる訳ではありません。意外に身近で見られるサワガニ

エビ、カニ、ヤドカリやサンショウウオ、イモリ、カエル等のうんちくWiki「Decapedia」の中の人が身近な生き物について抜粋して紹介する特集コーナー第8回です。新型コロナウイルス感染症拡大の影響で移動自粛している今、皆さまも海にも山にも行けずストレスが溜まっていることかと思いますが、早期に自粛が解除されることを祈念して日本で最も有名なカニ「サワガニ(Geothelphusa dehaani)」を今回は紹介します。

深山幽谷に踏み入り、キレイな渓流に行かないと見られない様なイメージをお持ちの方もおられるかもしれませんが、里山の田んぼの用水路や山道沿いのちょっとした細流でも見られます。

サワガニは青森から屋久島にかけて分布※1※2する我国の固有種です。最もよく知られたカニと言えますが、実は発生段階を含め一生を淡水で終える純淡水性のカニは、カニの中では特異な存在※3です。他のカニに比べると行動範囲が狭く、そのため地域個体の固定度が非常に高く、棲息地域によって様々な色や形態的な多様性を持っています。

名前の通り、山の沢に多数見られますが、里山の田圃の畦等でもよく見られます。冬期は畦に穴を掘り冬眠していることも多く、稚ガニ〜亜成体の期間は沢の転石の下に棲んでいますが、大型の成体になると陸棲傾向が強くなります。アカテガニの様に水から離れることはありませんが、沢伝いにかなり広い範囲まで移動することがあります。

都心から少し離れたところだと、住宅街の外れのちょっとした水路でも見られることがあります。

特に雨の日等は、沢から離れて歩きまわることも多く、雨上がりにちょっとした山の中を散歩していたりすると意外なところで出会うこともあります。

サワガニとクロベンケイガニ(Chiromantes dehaani)は、我国の稲作文化との関連が深いためか(そのため標本が採取しやすかったためか)、シーボルトが日本から持ち帰った標本や図を元に甲殻類を分類した、ライデン博物館のウィレム・デ・ハーン(Wilhem de Haan)の名が学名に献名されています。

BOD※4の低い水に棲む生き物であるため環境指標動物として有名です。

※1:本来は北海道には分布しないとされ、近年発見されるものは人為移入とされている様なので分布からは外しています。近年の北海道での発見報告自体についても異論が存在します。

※2:トカラ列島の中之島がサワガニの南限とされていましたが、中之島、口之島に産するものは新種または未記載種の可能性があります。

※3:サワガニ以上に陸棲傾向の強いアカテガニ、ベンケイガニ、川ガニとして知られるモクズガニ、南西諸島等に棲息する完全に陸棲のオカガニでさえ、子孫を残すためには海へ降り、稚ガニではなくゾエアを放仔。ゾエアは海で育ちます。

※4:Biochemical Oxygen Demand=生物化学的酸素要求量=バクテリアが汚れを分解するのに必要になる酸素の要求量。この値が高いほど水質汚濁が進んでいます。

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ペットショップで目にする機会も多いサワガニですが、都会の住人にとっても、少し足を伸ばせば(精々車で数十分)見ることのできる身近なカニなので、飼育するなら採取によって入手して欲しいです。どこの馬の骨とも判らない購入個体を近所の川に逃したりすると、数千年に渡って受け継がれてきた(地域固定)種を、一瞬にして消滅させることになるため、厳に慎んでください。

飼育方法に関しては、バケツに砂利を敷いた様な環境でも暫くはキープできるために簡単だと思われがちですが、pHやや高めの清浄な低温水を好むため、実は長期飼育の難易度は高いです。秋〜初夏にかけては簡単に飼えますが、夏場に30℃を超える様な環境ではすぐに弱ります。脱走の名人なので、水槽等の飼育ケースにはピッタリと閉まるフタが必要で、そのため通気性も悪くなり、夏場には思った以上に水温を上げてしまい死なせてしまう場合が多いです。何らかの冷却装置、例えば部屋の外に排熱できるタイプの水槽用クーラー等があれば長期飼育が簡単になります。

筆者の場合は、夏場は部屋のクーラーつけっぱなしで電気代がかさんでいます・・・。

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他のカニに比べると共食いの危険が少ないため、大きめの飼育ケースと充分な隠れ家(兼陸地)を用意してやれば混育も可能ですが、脱皮直後に他の個体に襲われて食殺される可能性は0ではないので、飼育匹数としては、90センチ程度の水槽にオス1匹とメス4、5匹ぐらいが適当でしょう。底に砂利を敷き、流木や石などを多数組みます。流木に苔等を植えると特に雰囲気が出て面白いのですが、照明が必要になるため(蛍光灯等の照明は熱源になります、また密閉状態になるので)クーラーがないと厳しいでしょう。

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サワガニといえば、ファミリーでピクニックやキャンプ等で山野へ行った際の、子供の格好の遊び相手になるため、子供が「家に持って帰りたい」と言い出すこともあると思います。

その場合、特に大掛かりな飼育設備を使用しなくても、単独または雌雄一匹ずつ程度なら、プラケースで飼育することが可能です。下手に濾過装置等を使用するよりは、こまめな水換えにより水質を維持する方が飼育しやすく、またケースが手で持ち運べるため、夏場には日陰の涼しい場所に移動するなどして、水温管理も容易になります。

・中サイズぐらいのプラケースを使用。(¥1,000ぐらい)

・脱走の名人なので、フタは必ずシッカリ閉まるものを選びます。但し、空気穴の少ないものは夏場に蒸れるので避けましょう。

・照明装置は熱源になるので避けます。

・水換え前提の飼育環境なので、濾過装置は必要ありません。むしろこの状態では生物に有害な亜硝酸塩、硝酸塩発生装置※5にしかなりません。水流を作る目的での小型の水中ポンプやエアポンプは有効ですが、コードを伝っての脱走や夏場の水温上昇に注意が必要です。

・底砂は2cmぐらい敷きます。ゴマ粒サイズぐらいの砂が適当でしょう。大磯砂でも熱帯魚用のセラミックサンドでも川砂でもサンゴ砂でも何でもOKですが、昆虫マットはNGです。

・隠れ家 兼 緊急避難場所として石や流木等で陸地部分を作ります。

・水は5センチぐらいまで入れます。浄水器なしの水道水を使う場合は1日程度汲み置きしたものを使用しましょう。

・餌は1~2日置き。夏場や冬場は1週間に1回程度。市販のザリガニの餌やクリル等を少量与えます。

水槽の蓋を開けると驚いて逃げ回るのですが、ピンセットでクリルを持っていくと鉗脚で掴んでおとなしく食べます。

・水は季節によるが、2,3日置きに換えます。

①石や流木等を別の容器に移します。カニはそのままでOK。

②飼育容器の水と同量程度の汲み置きしておいた水を、そのままケースに静かに足し水し、舞い上がった糞や食べ残しごと、半分に切ったペットボトル等で掬いながら、元の水量になるまで汲み取ります。

③脱皮直後の水換えは避け、脱皮完了から24時間以上は置いてください。

・夏は水温が上がると死ぬので、涼しい場所に置き、直射日光は避けましょう。保冷剤やペットボトルに水を入れて凍らせたもの等をケースの上に置いて保冷するとカニが弱りません。

・春・秋は直射日光さえ避ければ特に冷却処置は必要ありません。

【特集】「身近な生き物を観察しよう」その8 - 沢だけに棲んでいる訳ではありません。意外に身近で見られるサワガニ

・冬は室内であれば特に冬眠用の環境は用意しなくてもOK。屋外で越冬させるのは難易度が高いので、ここでは述べません。

この状態で1年以上飼育していると、恐らくは日々の世話が面倒になり、特に子供は飽きてしまうかもしれませんが、それはそれで仕方がないと思います。世話が疎かになり、生き物を死なせてしまうことは残念なことですが、生き物に全く興味を持たず大人になるよりは随分とマシな人間になると思います。

但し、間違っても「死なせるのは可愛そう」と言って、野外にリリースさせないでください。何千年にも渡って地域個体群として固定されてきた種を、親の身勝手な自己満足のために絶滅させてはいけません。

※5:濾過装置の物理濾過能力が高く、生物濾過能力が相対的に低い場合、濾材が濾しとった残り餌や生物の糞が常にアンモニアの発生源となり亜硝酸濃度が下がりません。また生物濾過能力が高い場合でも、水を換えても換えても硝酸塩濃度が下がりません。この手の小型の飼育ケースに使える濾過装置はスポンジやウールが濾材となっている場合が多く、すぐに亜硝酸塩、硝酸塩発生装置になるケースが多く、濾材を洗ったり交換した場合は生物濾過に必要なバクテリアも死滅するため、生物濾過装置としての立ち上がりにはまた時間が掛かることになります。

天然下では初春〜初夏にかけて雄と雌が水中で交尾を行いますが、飼育下では季節にあまり関係なく、動きが鈍るためか、主に脱皮後の雌を雄が捕まえて抱え込み、腹を合わせて抱き合う様に交尾をします。狭く隠れ家の少ない飼育環境ではこれが問題で、交尾中に雌が弱って死んでしまうことがよくあります。無事交尾に成功しても、直後に雄が動きの鈍い雌を食殺してしまうことさえあります。

また、充分に性成熟していない雌ガニの場合、脱卵率を下げるためなのか、交尾後にも再度脱皮することがあり、短期間での二度の脱皮に加え、交尾での体力の消耗で、ほぼ100%脱皮途中で力尽きて死んでしまいます。

交尾が無事に成功すると雌は上陸し、陸上の湿った暗い場所で、自分の腹(通称フンドシ、実は尾の内側)に産卵し、抱卵します。卵は他のカニとは違い大卵型で孵化時点でゾエアではなく稚ガニの状態で産まれます。稚ガニが孵化すると、雌はまた水中生活に戻り、水流の緩やかな転石の下等で稚ガニを抱いて凄し、かなり大きくなってから放仔します。このため交尾さえ無事に終え、その後に他個体の干渉から隔離できれば、他のカニよりは比較的容易に稚ガニを発生させることができます。

但し稚ガニは、親ガニに比べても特に水質の急変や悪化に弱く、また高水温にも弱く、成ガニに育て上げるのは難しいです。

安定して繁殖させるには、

・充分に性成熟した雌雄の確保

・交尾前後に雌が雄に殺されない様なケア

・交尾後、雌は徐々に陸棲化するので、そのための広い陸地部分の準備

・陸地部分への複数の隠れ場所の設置

・抱卵中の雌が他の個体に襲われない様な環境の整備

・孵化後の稚ガニのため低温で安定した水質の長期間の維持

が、必要です。

抱卵中の雌は、身動きが取り辛く、また脱皮再生ができないためか、天然下では鉗脚や脚を落としたまま稚ガニを抱いている個体をよく見掛けます。飼育下では、外敵こそ少ないものの、同居のサワガニが多かったり、隠れ家が少ない様な環境では、無事に放仔まで生き抜くことは困難。また孵化直後の稚ガニは、成ガニにとっては良質な餌にしか過ぎないので、それぞれ充分なケアと環境構築が必要です。

・通常の飼育環境

・交尾用の飼育環境

・産卵用の飼育環境

・抱卵用の飼育環境

・稚ガニ用の飼育環境

上記5種類の飼育設備を準備しておくと、飼育下での繁殖が可能になるでしょう。

RE型のサワガニ

サワガニの体色は、稚ガニの時はいずれも茶色っぽい色ですが、性成熟後には大きく分けて3型、橙褐色の甲に橙色の脚を持つRE型(Red)、全体的に褐色~暗紫色のDA型(Dark)、青い甲に白い脚を持つBL型(Blue)に分類されます※6

同じ山系でも流れる沢によって様々な形質を持ちますが、BL型は関東南部、静岡、四国、九州の一部の水域によく見られる様です。特に関東南部(房総、相模)のサワガニは、ほとんどがこのBL型であり、逆に赤い方が珍しいそうです(房総では青いサワガニのことはシミズガニと呼ばれているそうです)。

BL型のサワガニDA型?

食用で流通するものや、その2次ルートのペット流通で見掛けるものが(美味しそうに見えるからか?)RE型のため、サワガニと言えば橙色のカニというイメージがあります。BL型は関西などでは滅多に見られないこともあり「青いサワガニ=珍しい」という誤解が一部にありますが、これは稀な確率で発生する色変異ではなく、また、カロチンの含まれない餌を与え続けて後天的に青い体色にしたものでもありません。青いサワガニの棲む水域に行けばワラワラいます。神奈川や千葉ではRE型を見たことのない人もいるほどです。

※6:各地のRE,DA,BL等のそれぞれの型について、特に遺伝的な繋がりがある訳ではなく、単に見た目の相違による分類。何故そういう色型になるかは、恐らく地形や土壌の色等が関連していると思われますが不明です。数万年前にたまたま発現した色変異個体群が、周囲の環境から外敵等に見つかりにくく生き残った。つまり適応したと考えるのが普通だと思います。

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