カルテック代表取締役社長 染井潤一さん
家電大手シャープの元技術者が2018年に起業した「カルテック」は、光触媒技術を応用した空気清浄機を中心に年商63億円(21年9月期)を売り上げる。本社の所在地は大阪市中央区の船場だ。「なぜ、船場か。それは店がいっぱいあって楽しいから」と社長の染井潤一さん(60)は気さくだが、「光触媒で地球を救いたい」と本気で語り掛ける。急成長する企業経営者の横顔に迫った。(聞き手は、週刊大阪日日新聞社社長・吉岡徹)
ーシャープ退社の理由は、台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業の傘下に入ったことが大きいですか。
「そんな負け犬のような辞め方ではない。私はもともと、シャープ社内で光触媒技術を応用した製品を開発するつもりだった。シャープの空気浄化技術『プラズマクラスター』と融合すれば、性能は向上する。大手の競合メーカーをしのぐことができると考えた。私の意見を評価してくれる声はあったが、『プラズマクラスターを否定するのか』という見方もあり、結局、実現しなかった。それなら、自分の手で作り上げよう。独立しようと決意した。鴻海精密工業の傘下に入ったことで、私たち技術者のモチベーションが下がっていたのは事実だ。その意味では、カルテック創業に加わってくれた他の技術者7人に対しても退社することを後押ししたかもしれない」
ー光触媒に目が向いたのはいつからですか。
「中学を卒業して進んだ高専の化学ゼミで光触媒に出合った。以来、大学、大学院で学んだ。そもそも、光触媒は日本人が発見したものだ。藤嶋昭氏=東京理科大前学長、東京大特別栄誉教授=が1967年、電解液の中の酸化チタンに光を照らした時、気体が出始めたことに気付いたのがきっかけで研究が進んだ。除菌や脱臭に役立つことが判明し、製品への応用が広がった。50年を超す光触媒技術の歴史で、イノベーション(技術革新)が起きたのはここ10年のことだ。2010年頃、光触媒の原材料となる酸化チタンの結晶性が大きく改善された。その素材を手に入れることができたので、私は起業した。イノベーション前と後の酸化チタンは、同じ炭素でできていても木炭とダイヤモンドぐらいの違いがあった。イノベーションが起きなければ、私の起業は無かった」
ー光触媒技術で新型コロナウイルスの感染抑制にも取り組んでいますね。
「昨年10月、カルテックの光触媒除菌脱臭機による感染症の予防効果を、日本大医学部客員研究員を務めるカルテックの落合平八郎広報部長が担当し、共同研究先の日大医学部付属病院板橋病院(東京都)の実際の病室で実証した。他社が類似製品の効果を実験室などで確認した例はあるが、実際の使用空間での実証は極めて珍しい。カルテックはすでに限られた空間で、新型コロナの感染抑制を実証しているが、同様に実際の使用空間での効果にも期待できる。今後は、医療分野にも進出したい」ーシャープの社員だった頃、スリランカで目にした生活水の農薬汚染問題は人生の転機だったようですが。
「国際協力機構(JICA)のプロジェクトで、私はLED防虫ランプをスリランカに設置していた。農薬の大量散布による人間の健康被害を防ぐためだ。そこで意識したのが『ローカルフィット』の考え方。現地の選択基準は『安さ』であり、LED防虫ランプよりも安価な農薬を選ぶ土地柄だったため、LED防虫ランプのコスト軽減に努めた。つまり、現地の事情に適合しようとした。しかし、農薬が浸透した井戸水を飲み、子どもが死に至るという現実を知った。この時、光触媒で世界の飲み水を浄化したいという思いを強くした」
ー『光触媒で水、空気、食をデザインする』と会社パンフレットにあります。
「世界共通の課題である空気、水の浄化に対応できる製品を発信し、世界が必要とする環境製品すべてに私たちの光触媒技術が用いられるようにブランド力を強化する。空気が浄化すれば、食物の鮮度が保たれ、食品の廃棄を減らすこともできる。光触媒技術の可能性は無限だ。応用すれば、水から水素を生成できる。エネルギー資源の面でも、地球を救う究極のデバイス(装置)だと思っている」
ーこれまでの歩みで最も苦労したことは。
「起業する時の資金確保に苦労したが、楽しかった。『環境』をキーワードにした技術を持ち、社員を大切にする姿勢が投資家の心に響いたと思う。約20社から投資の話を頂いたこともある。資金確保は順調に進んだが、技術の壁に直面した。先ほど話した通り、光触媒の原材料は酸化チタンだ。この酸化チタンは粉状のため、液体状にしてフィルターに塗る必要がある。しかし、水洗いすると、はがれてしまう。『大阪の粉もん』に手を焼いたが、在阪の光触媒メーカーの協力を得て、塗り方に工夫を施した。すると、はがれなくなった。私はこれを『秘伝のたれ』と呼んでいる。技術の壁はあったものの、助けてくれる人たちが表れたのだ。全ては出会いだと実感した」
ー大阪では3年後に万博を迎えます。
「コロナ禍のため、活発に行動を起こす経済環境にないが、時期が来れば、大阪のベンチャー企業として万博へ積極的に関わっていきたい。私たちの会社は大阪の船場にある。普通の感覚なら、船場で光触媒の開発をしない。なぜ、ここなのか。それは店がいっぱいあって楽しいから。近くのアーケード街では雨が降ってもぬれない」
ー最後に、カルテックの将来ビジョンを聞かせてください。
「次に取り組むテーマは、ものづくりから飛躍させたい。カルテックの事業はものづくりの源流である材料開発にシフトしていく。東北大のナノ粒子研究で著名な研究室と共同で、光触媒の素材を開発している。カルテックオリジナルの素材を作り、光触媒で地球を救いたい。その結果、いかに社会貢献するかが企業の価値につながると信じている」
ー技術者魂ですね。頑張ってください。本日はありがとうございました。