アートを通して「生態系」を再発見する、「生態系へのジャックイン展」への誘い(2)
――今回作品の展示にあたって、「茶の湯」のプロセスになぞらえているとのことですが、どういった意図があるのでしょうか。
青木:茶室には必ず「露地」という庭が付随しています。露地口から世俗の塵を払う外露地が続き、門をくぐると、内露地を通って茶室にいたるというプロセスがあるんです。
外路地には、枯れやすい木々や四季折々の木が植えられていて、いわゆる現世を表現しているんですね。一方で、内露地からは幽玄の世界。常緑樹など枯れにくい木が植えられているそうです。そうした茶室にいたるプロセスと、コンセプトのところでお話しした、ジオスフィア・バイオスフィア・ノウアスフィアという3つの進化の過程を意識しながら作品を配置しています。
ウラジミールさんの地球発達段階によると、ジオスフィア、バイオスフィアの順番なのですが、今回は茶の湯のプロセスになぞらえて、現世を象徴する生物・バイオスフィアに関わる作品からはじまり、段々と素朴でシンプルなジオスフィア的な作品に入っていく、という順番でやっていきたいと考えていました。ただ、博物館的に厳密に区切りを付け順序を決めていくというより、ゆるやかに重なりをもちつつ構成しています。
――それではみなさんの出展作品についてお伺いしていきます。最初に展示される斎藤さんの出展作品のコンセプトや制作プロセスをお聞かせいただけますか?
齋藤:私が今回出展するのは「Unpredictable Filtration」という作品です。屋外に設置されたこの作品は、庭園内で採取した自然物で構成したろ過装置になっていて、ガラスに小石や砂や枯葉などを閉じ込め、内部には小川から汲み上げた水が管を通って流れます。中にある自然物が活性炭のように水をろ過する役割を果たし、最終的に小川へ戻る仕組みです。
「Unpredictable Filtration」
たとえば、サバイバルのような状況では、ろ過装置がないときにその辺で拾ったものを使って水をろ過する方法があるようなのですが、逆にそれで水が汚くなってしまうこともあるそうです。この作品も同じで、一見水を浄化して小川に戻す装置のように見えますが、逆にバクテリアや不純物が増えてしまう可能性もある。よかれと思って行った「水をろ過する」という行為が、とんでもない汚染をもたらすかもしれないし、逆に繫殖したバクテリアたちによって生物の多様性が増すかもしれない。そんな両義性を秘めた作品です。
――まさに今回のコンセプトである「自然」と「人為」を感じさせる作品ですね。
齋藤:「人工物と自然物の境界」や「生命と非生命の境界」といったことをテーマに制作していました。私は自然保護の思想にも興味を持っていて、よく人間が手を入れていない自然の状態に戻そうとする考え方がありますが、それはどう考えても限界があるんです。たとえばアメリカでは、西洋人が植民する前の状態を原生自然と考えるのですが、実際はすでに先住民が自然を改編しているんですよね。人間と自然の境界を明確にして自然保護をしようとすると、結局は「人間が絶滅すべきである」っていう結論に行きついてしまいます。
最近は人間も生態系の一部だと捉え、生態系に手を入れたり害をおよぼしたところはコントロールして戻したりと、ガーデニング的な自然保護の考え方がいいのではないかという意見が多く挙がっています。私はその考え方に共感するところがあり、今回の展示コンセプトにも通じるものがあると感じています。
青木:里山とかはまさにそうですよね。自然のまま放置すると極相状態になって多様性が減ってしまい、人間がいるからこそ生態系が保てているのだと思います。でも同時に、自分たち人間はいとも簡単に自然を改変できてしまう生物であるということに自覚的であるべきなんですよね。この作品は、そういうことも考えさせられる作品だと思います。
齋藤さんは、アーティストとしてだけでなく研究者としても尊敬しています。でも研究者然とせず、軽やかにさまざまな分野を横断しているのがとても印象的です。アートにバイオサイエンス、プログラミング、さらには哲学やファッションの知見もお持ちなので、齋藤さん1人で、生態系へのジャックイン展ができると思います(笑)。
――後藤さんの作品は庭園奥の東屋で展示されますが、どのような作品なのでしょうか。
後藤:今回展示する「Rediscovery of anima」は、軽石や木、麻紐など、自然物だけで構成された作品です。本来は木で作られた作品もあるのですが、今回は軽石の方を展示しています。麻紐の部分に線状の太陽光を当てると、動物や人の動きが浮かび上がるという仕組みになっていて、歴史上こんな道具は存在しないのですが、旧石器時代のフランス・ショーヴェ洞窟壁画に、すでにアニメーションの発想が描かれていたという仮説にインスピレーションを受けて、「もしかしたらあったかもしれない歴史」として制作しています。実際にフランスまでショーヴェ洞窟(現在は非公開で近くに実物大の複製が建設)を見に行ったのですが、古代の人々の優れた観察力と描写力にとても感動しました。
「Rediscovery of anima」
元々は3Dプリンターという今の技術で制作してきたのですが、もっと“動き”の根源や動いた時に感じる生命感、身体性に着目してみようと思い、あえて古くから存在した素材や手法で構成し直すことを試みました。実際に、約3万年前にも存在したであろう自然素材で作品を構成し、太陽の光を当ててみたら、動きとともに温度のようなものを感じて、これまでとは違う発見がありましたね。今回の展示は夜間で太陽光が使えないのでライトを使用しますが、本来は電気をまったく使わなくても成り立つ作品となっています。
青木:僕はこの作品の大ファンで(笑)。アルスエレクトロニカで出展されていたときにはじめて拝見したんですが、今回のコンセプトにぴったりだと思い、お声掛けさせていただきました。
僕には「虚構のメカニズム」みたいなものを解き明かしていきたいという思いが根底にあるんです。みんなが信じていることって、結構あいまいなものもあると思うんですよね。今ある技術だって、違う経緯で生まれていた可能性もあるはずです。
そう考えると、もしかしたら何万年も前に、軽石と麻紐でできた道具で子どもたちが遊んでいて、そこでアニメーションの概念が生まれていたかもしれないじゃないですか。後藤さんの作品は、そんな可能性を感じさせてくれるものだと思います。
――國本さんは今回茶室内で新作を展示されますが、どのような作品でしょうか?
國本:数ヶ月前、ニューヨークにいる時に「水琴窟」という、日本庭園に設置される装飾物をモチーフにした作品をつくっていました。青木さんとは10年来の付き合いなのですが、帰国の報告を青木さんにする際に、「今こういう作品をつくっていて、日本庭園やお茶室で展示できたら嬉しいです」と話をしたら「いや、日本庭園で展示する予定あるよ」と言われまして(笑)。帰国のタイミングもぴったりで驚きました。
「SHIZUKU – SHIRO #1, #2, #3」
國本:今回展示する新作は、内部に水を張ったアクリル製の球体に水滴を落として、音を響かせる音響彫刻作品です。水滴が落ちるとLEDが波紋を照らし、その光の揺らぎが球体に浮かび上がる仕組みにもなっています。
制作プロセスで重要だったのが「水滴の音のメカニズム」です。実は水滴が落ちる「ぽちゃん」という音が学術的に解明されたのは3年前で、とても最近のことなんですよ。いままでは水滴が水面にあたった瞬間に音が鳴ると思われていましたが、正確には、水面に当たった衝撃でできた小さな泡が、ぶるっと震えることで音が鳴る。それが「ぽちゃん」の正体なのだそうです。
水滴の音は、水滴の大きさや落とす高さ、あるいは水面の状態などで、音程・音量・反響の質や長さが変わってしまいます。そのなかでも、「感性として豊かに思える水滴とは何か」を探りながらエンジニアリングを重ねた作品です。
青木:1つの作品を追求し続けるひたむきな姿勢は、國本さんらしいですね。はじめて会った時も、何事にも真摯に、かつ熱く立ち向かっている姿が印象的でした。そして、デバイスから作品を作り上げることができる高い技術力を持っている。そういう人って、実はなかなかいないんですよ。彼は、「テクノロジーはもはや筆である」という時代を体現しているアーティストの1人だと思いますね。
今回の國本さんの作品は、展示作品のなかでかなり日本的な作品です。日本庭園や茶の湯は、この国から生まれた文化の結晶。この場所でこの作品を見ることで、自分のアイデンティティを再認識したり、誇りを持つことができたりすることもできるかもしれません。そういったことにも繋がってくれると嬉しいですね。
今回展示される國本さんの作品スケッチ
――この展覧会に参加するにあたって、みなさんが感じていることや期待などをお聞かせください。
後藤:今回の展覧会は、美術館のようなホワイトキューブではなく日本庭園という場所で開催されるということが大きな特徴ですよね、しかも夜の日本庭園。展示作品も、周辺環境に溶け込むような作品もあれば、あえて異質さを感じさせてくれるような作品も出てくるのかなと。そうした多種多様な作品を日本庭園という空間にジャックインした人々がどう感じるのか、僕自身も楽しみにしています。
國本:茶の湯の文化は日本の美意識の結晶だと思っていて、その文化の中に「市中の山居」と呼ばれる表現があります。これは、茶の湯文化が発祥した大阪の堺という当時は先進的でグローバルな都市の中に茶室を建立する上で、ある種対照的となる里山の風情を感じる空間を持ってくることで、文化を再認識・再構築するという意味なんですね。それは、テクノロジーが進化してグローバル化が進み、社会の歪みが露呈している現代の時代に大きなヒントになるのではないかと思っています。都会の中にあるこの日本庭園という空間を通して、そんなことが表現できたらいいなと思っています。
齋藤:展覧会では、アーティストのみなさんが同じコンセプトを共有した上で、まったく違うアプローチの作品を制作されるので、家でひとりで考えているだけでは、絶対に生まれないような他者のアイデアに触れられます。今回は特に日本庭園・茶の湯という特殊な空間をみなさんがどう解釈するのか、きっと自分が想像できないような考え方に出会えるのではないかと思っています。今後の自分の作品づくりにも必ず影響してくるので、すごく楽しみですね。
――最後に青木さん、あらためて開催に向けての想いを教えてください。
青木:生態系に対する新たな考え方や捉え方を見つけて欲しいという展覧会ではありますが、たとえば目ではなく超音波で世界を見ているコウモリのことを、視覚と聴覚に頼って生活している人間が理解できないように、生物それぞれの環世界を理解するには、最終的にはその生物の知覚を持っていないとわからないんですね。
だからこそ、それぞれの理解の仕方で接近するしかないのですが、今回の日本庭園・茶室という空間でアートに触れるという特殊な環境を通して、その接近の仕方や考え方を変えれば、もっと違った見え方が生まれてくるはずだと思っています。その感覚を、訪れたみなさん一人ひとりが、それぞれ持ち帰ってもらえるような展覧会になれば嬉しいですね。
また、この展覧会をきっかけにあたらしい才能が生まれてくるとうれしいなと思います。小学生が家族と一緒に観に来たり、人生を考える時期の高校生が、「なんだかおもしろかったな」と感じてもらうだけでも意識が変わると思うんです。そういったことにもつながることを願っています。
文:室井美優(Playce) 写真:西田香織 取材・編集:堀合俊博(JDN)
「生態系へのジャックイン展」会期:2021年7月24日〜8月8日 18:00-21:00(最終入場20:30)※8月2日(月)休館日(見浜園は通常営業)会場:日本庭園「見浜園」入場料:無料(事前予約制)作家(14組):石川将也、ALTERNATIVE MACHINE、後藤映則、The TEA-ROOM、齋藤帆奈、関野らん、滝戸ドリタ、多層都市「幕張市」、田中堅大、田中浩也研究室 + METACITY、Dead Channel JP、ノガミカツキ、松田将英、Ray Kunimoto ※50音順主催:千の葉の芸術祭実行委員会企画運営:METACITY詳細:https://2021.metacity.jp/