破壊的イノベーターになるための7つのステップ(その2) - しゅんぺいた博士と学ぶ破壊的新規事業の起こし方(玉田 俊平太さんコラム - 第5回)
前回、私たちは、(1)企業がイノベーションを起こす道には、持続的イノベーションを目指す「王道」一本と、破壊的イノベーションを目指す「覇道」二本の合計三本の道があること。(2)一見「王道」に見え、誰もが目指す「持続的イノベーション」は、実は経営資源をより多く持ち、それをいち早く投入した企業が勝つ、弱肉強食の道であること。(3)顧客がかなえたい「ジョブ」があるにもかかわらず、「スキル」「アクセス」「時間」のうちいくつかが不足している「無消費の状況」を探すことが、新市場型の破壊的イノベーションを生み出す道であること。(4)身の回りの製品やサービスで、機能や性能、サービスが過剰になっているものがあれば、それがローエンド型の破壊的イノベーションにつながる道であることを学びました(図1参照)。
図1 破壊的イノベーションを起こすための7つのステップ
資料:執筆者作成今回からは、中小・ベンチャー企業が大企業とガチで殴り合う道ではなく、大企業が入って来られない破壊的イノベーションを起こすための「覇道」を行くにはどうすれば良いかを、ステップ・バイ・ステップで学んでいきましょう。
いったん覇道を行くと決めたら、次にすべきことは、新商品や新サービスのアイデアを出すブレインストーミングのために、多様な専門性を持つメンバーを集めることです。図2は、ハーバードビジネスレビューに掲載された論文から引用したものです。横軸はブレインストーミングのグループに参加した参加者の専門分野の多様性、縦軸はそのグループから生み出されたイノベーションのアイデアの価値を取り、散布図にしたものです。
図2 多様性がブレイクスルーをもたらす
資料:「Lee Fleming, “Perfecting Cross-Pollination”, Harvard Business Review, Vol. 82, Issue 9, Sep. 2004」をもとに執筆者作成左側に行けば行くほど、参加者の専門分野が揃っている(=多様性が低い)状況です。このようなときには、ブレインストーミングから生み出されたイノベーションのアイデアの価値は、中間ぐらいのところにまとまっています。
そこから右側に行けば行くほど、ブレインストーミング参加者の専門分野が多様になっていきます。すると、グループから生み出されるアイデアの価値にだんだんとばらつきが生じるようになります。右側に行けば行くほど、メガホンが広がっていくようにアイデアの価値が上下にばらついていくのがわかります。そして、良いアイデアもポツポツ出るのですが、取るに足らないアイデアもたくさん出るので、ブレインストーミングから生み出されたアイデアの価値の平均値は下がっていきます。
「アイデアの価値の平均値が下がってしまうのでは、ブレインストーミングのグループの専門性が多様になることは、良くないのではないか?」
と思われる方もおられるかもしれません。
もし、ブレインストーミングから出たアイデアを、全て実用化しなければならないのであれば、たしかに平均値が下がるのは良くないことでしょう。しかし、そんなことをしては経営資源がいくらあっても足りません。
ブレインストーミングとは、アイデアをなるべくたくさん出し、その中から最も良いと思われるいくつかを選んで、次の段階に進めるべきものです。そして、図2をもう一度ご覧いただくとおわかりのように、とんでもないブレイクスルーのアイデアは、左側の多様性が低いグループからは出ていないのに対し、右側の参加者の専門分野が多様なグループからは、いくつか生まれていることがわかります。
とんでもないブレイクスルーのアイデアを出すことが、ブレインストーミングの目標なのですから、その参加者は多様であればあるほど好ましいと言っても良いでしょう。
専門分野といっても、エレクトロニクスや機械、バイオやソフトウェアなどの技術的な専門性だけではなく、マーケティングや財務、カスタマーサポートやデザインのような職種、日本国内で生まれ育った人と海外で生活した経験がある人、若い人だけでなく年配の人、男性ばかりでなく女性など、アイデアの価値を高めるためでしたら、可能な限り多様なメンバーで、ブレインストーミングをやるべきでしょう。
「そんなことを言っても、うちは機械メーカーで、社員は年配の男性ばかりだ!」
と嘆く方もおられるかもしれません。
そうした場合は、守秘義務契約を結ぶなどした後、外部の専門家や有識者をブレインストーミングの場に招くのも一案です。
前回、顧客がかなえたい「ジョブ」があるにもかかわらず、「スキル」「アクセス」「時間」のうちいくつかが不足している「無消費の状況」を探すことが、新市場型の破壊的イノベーションを生み出す道だと申し上げました。故クレイトン・クリステンセン米ハーバード大教授は、著書『ジョブ理論』の中で、顧客がかなえたがっている「ジョブ」を見いだすために役立つ手法を以下のように紹介しています。
現在の解決策に満足しておらず、あれこれ工夫して自分なりの解決策を作ろうとしている消費者はいないでしょうか?
たとえば、
「テレビのスイッチをオン・オフしたい」
というジョブをかなえたい祖父が、
「まごの手でスイッチを操作する」
という間に合わせの解決策で我慢しているのを発見できれば、「ジョブの存在」と「不十分な解決策」の両方を同時に見付けることができます。
できれば避けたいことを「ネガティブジョブ」と言います。
たとえば、
「子供の喉が痛くなって、医者に行き、処方された薬を受け取る頃には半日が経ってしまった。」
これは、できれば避けたい「ネガティブジョブ」です。
このような、仕事や家庭で、できれば避けたいことを見付けることができれば、それを避けるための製品やサービスには、確実に市場が存在するでしょう。
顧客がプロダクトをどう使っているのかを観察することでも多くのことを学べます。とりわけ、企業が想定していたのとは異なる使われ方の場合には、イノベーションのチャンスです。
たとえば、チャーチ&ドワイト社のベーキングソーダ(重曹)は、本来パンを膨らませるための粉ですが、それ以外に
冷蔵庫内の脱臭 カーペットの掃除 猫のトイレ砂の匂いを消す 浴室の水垢やカビを取り除く
など、さまざまな用途(ジョブ)に使われていました。そこで、チャーチ&ドワイト社はそれぞれのジョブに合った製品を開発することにより、さまざまなプロダクト・イノベーションを起こすことができました。
いくら多様なメンバーを集めて「無消費」の状況を探しても、それが見当たらなかった場合には、「満足過剰」の顧客を探すのが有効です。そして、「満足過剰」の顧客を見付けたら、その人たちに向けてシンプルで低価格で「必要十分」なソリューションを提供するのです。これにより、ローエンド型の破壊的イノベーションを起こせるでしょう。
満足過剰の状況とは、
「ある顧客グループにとって、ある特定の性能がこれ以上向上しても、それが満足度の向上につながらない状況」
です。
これは「高性能=高付加価値」と信じて疑わないエンジニアにとっては、非常に受け容れがたい事実でしょう。しかし、
自動車の最高速度 パーソナルコンピュータのクロックスピード 湯沸かしポットの機能 床屋のサービス
など、顧客がすでに「お腹いっぱい」でそれ以上「盛りつけ」られても一向に満足度が向上しない状況にある製品やサービスは結構多いものです。
身の回りの製品やサービスの性能が十分以上になっているものはないでしょうか?
メーカーは一生懸命性能を向上させ続けているのに、ユーザーにとってはちっとも有り難みが増えない性能(評価軸)があれば、既存企業をローエンドから破壊するチャンスです。
QBハウスや回転寿司、T-falの電気ケトル、軽自動車などは、いずれも他社にはない技術やノウハウを結集してローエンド型破壊を起こしています。
さらに勉強を深めたい方は、拙著『日本のイノベーションのジレンマ 第2版 破壊的イノベーターになるための7つのステップ』をお近くの書店等で手に取ってみてください。
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玉田 俊平太(たまだ しゅんぺいた)
関西学院大学 経営戦略研究科 研究科長、博士(学術)(東京大学)
1966年東京都生まれ。東京大学卒業後、通商産業省(現:経済産業省)に入省。ハーバード大学大学院にてマイケル・ポーター教授のゼミに所属、競争力と戦略との関係について研究するとともに、クレイトン・クリステンセン教授から破壊的イノベーションのマネジメントについて指導を受ける。筑波大学専任講師、経済産業研究所フェローを経て現職。著書に『日本のイノベーションのジレンマ 第2版 破壊的イノベーターになるための7つのステップ』(翔泳社)、『産学連携イノベーション―日本特許データによる実証分析』(関西学院大学出版会)など、監訳にロングセラーの『イノベーションのジレンマ』(翔泳社)、『イノベーションへの解』(翔泳社)などがある。
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