ホンダeでV2H・V2L体験、バッテリーの電気を家庭で使う…非常時にも役立つEVの能力
先進国の多くが電動化に舵を切り、2030年以降は内燃機関の販売を禁止する方針を打ち出してきている。世界中が地球の温暖化防止と脱炭素社会に動き出し、CO2(二酸化炭素)排出量を減らす努力を本気になって行うようになった。だからゼロエミッションのバッテリーEV(電気自動車)やFCV(燃料電池車)を優遇する戦略をとっている国も多い。ホンダもFCVの『クラリティ』を販売したのに続き、2020年10月に初のバッテリーEV、『ホンダe』を送り出した。
ホンダeの非常時電源としての潜在性能
愛くるしいデザインのホンダeは驚くほど静かで、シームレスな加速を味わえる。モーターにバッテリーを組み合わせたEVの魅力は、走るだけではない。フロア下に敷き詰めたリチウムイオンバッテリーは、非常時の電源にもなるのである。その総電力量は35.5kWhだ。上級グレードのアドバンスの一充電可能距離は、実電費に近いWLTCモードで259kmと発表されている。
この数字はちょっと心もとないと思う人もいるだろう。だが、非常時の電源としての潜在性能は非凡だ。ホンダeは家庭用機器などの電源となる「V2L(Vehicle to Load=ヴィークル トゥ ロード)」に対応しており、コンセプトとして掲げる「シームレスライフクリエーター」として、いつでもどこでも蓄積した電力を使うことができるのである。これはすごいことだと思う。
ホンダeアドバンスはインパネ中央に100Vの電源コンセントも搭載した。1500Wまでの出力に対応しているから、車内で電気ケトルなどを無理なく使うことが可能だ。走行中に電力を使えるだけでなく、止まっている時や非常時の電源としても役に立つ。1日の家庭の消費電力を約10kWhとすると、ホンダeが貯め込んだ電気で、一般的な家庭なら3日分の電力をまかなうことができる計算になる。これはカップヌードルに代表される即席カップ麺で換算すると、なんと400食分を作れる電力に相当するのだ。ホンダe
また、ホンダはV2Lに対応した可搬型の外部給電器「パワーエクスポーター9000」も用意している。こういった外部給電器を使えば、ホンダeなどの電動車両から最大9kVAの電気を取り出し、大型の電気製品など、さまざまな電気機器に電力を供給することが可能だ。災害時の避難所など、非常用電源にも重宝するだろう。有害ガスは出ないし、音も静かなので、屋外イベントなどでも周囲に気兼ねすることなく使うことができる。ホンダeでV2H・V2L体験
EVの電気を家庭で使う「V2H」
ホンダeは、開発当初からEVを「移動するバッテリー」と捉えているから「V2H」へと発展させることもたやすい。これは「Vehicle to Home(ヴィークル トゥ ホーム)」を略した言葉だ。V2H機器と呼ばれる 充放電器を通じて建物や家庭とつなげ、充電と給電を行う。ホンダeの電力を家庭用の電力源として利用することができれば、日常の電力を節約できるだけでなくCO2削減にも大きく貢献するのである。
再生可能エネルギーの代表とも言える太陽光発電システムを知っているだろう。太陽光を使って電力を作り、貯めた電気を使って家の中にある照明やエアコン、IH調理器などを動かすシステムのことである。これを稼働させるために外部給電機とつなげ、電流を「直流」から「交流」電流に変換し、家へと電気を供給するのだ。EVで家に給電するときも、同様の装置が必要になる。家の電力をEVに、それとは逆に大容量バッテリーを持つEVから電力を家に供給するなど、電力を自在にコントロールできるのだ。ホンダeでV2H・V2L体験
もちろん、停電や非常時には電源として使うことができる。停電が続いたときでも太陽光発電システムを備えた家ならいつもと同じように快適に暮らすことが可能だ。日中は太陽光で作った電力を家の中に供給する。太陽が隠れてしまう夜間は、EVに充電していた電力を家に給電すれば、長期間にわたって電力を確保することが可能だ。
東日本大震災や近年の台風などの災害時に、非常用電源として電力を貯めておける蓄電池が注目を集めた。ホンダeなどのEVは、この蓄電池よりも大容量だから、自然災害の多い日本では蓄電池よりも活躍の場は多くなるだろう。万一の非常時の安心感は絶大だ。今、「V2H」はEVスタイルの新しいカタチとして期待されている。
この先にあるエネルギーマネージメントソリューションが「V2G(Vehicle to Grid=ヴィークル トゥ グリッド)」だ。クルマと電力系統(グリッド)とが双方向で充電・給電可能な双方向充電器を介してつなぎ、電力コストの安い時間帯にEVを充電する。これとは逆に電力需要が高いときは、EVから建物や電力系統に電気を戻してやるのだ。電気を融通し合うV2Gは、電力需要の平準化に最適なシステムである。ホンダは2020年1月からイギリスのロンドンで双方向のソリューション事業に向けた実証実験を開始した。ホンダeに代表されるEVは、無限の可能性と魅力を秘めているのである。
太陽光発電所を兼ねた宿泊施設「LooopリゾートNASU」
クルマと家がつながる快適な次世代EVスタイルを体験するために、栃木県・那須高原のリゾート地をホンダeに乗って訪ねてみた。ここには再生可能エネルギーを中心としたエネルギーサービス業者の「Looop(ループ)」が経営する宿泊施設「LooopリゾートNASU」がある。Looopは、日産とともに業界に先駆けて電力プランをリリースし、EV充電器の取り扱いも開始するなど、注目のベンチャー企業である。
エネルギーを自給自足できるエネルギーフリー社会の実現を目指す「Looop」が那須の美しい森の中に作ったのが、世界的にもユニークな太陽光発電所を兼ねた宿泊施設だ。建物の屋根や敷地のあちこちに、光が透過する透明の太陽光パネルを設置している。だから木漏れ日のように陽が差し込み、明るい。また、温泉や自然の生物空間を身近に感じられる棚田状のビオトープも目を引いた。これは雨水を循環させる役割を果たすのだ。LooopリゾートNASU
「LooopリゾートNASU」は、これまでの発電所のイメージを覆す景観が素晴らしい。自然と一体になっていて、地球と人にやさしいのだ。ちなみに、この施設の太陽光発電は、全量が売電の契約となっている。だから太陽光発電だけではEVの充電を行うことはできない。だが、自然エネルギーについて学ぶ場としては最適だし、スマートだ。
カーポート横のV2Hは、実績のあるニチコン製の充放電器だった。EVの充電ができるだけでなく、EVから建物に電力を供給することもできる。この施設内の太陽光発電は、前述したように全量売電の契約だ。だから実際には、この電力網を経由してホンダeを充電することになる。ニチコン製の充放電器(EVパワー・ステーション)
ホンダeの電気で夕食を楽しむ
陽が西に傾いてきた頃、夕食の準備に取りかかった。実演の会場はホール棟にあるダイニングルームだ。EVを家庭の電力供給源にし、ホンダeから電気を取り出してホール棟の照明や家電機器を動かし、料理を作るのである。ホンダeのボンネット上にあるCHAdeMOコネクターとニチコン製のV2Hをつなぎ、放電スイッチを押せばホンダeのバッテリーから電気がホール棟に流れた。Looopのホール棟全部をホンダeから供給された電力でまかなう
夕食のメニューは焼き肉がメインだ。供給した電気を使ってホットプレートやIHクッキングヒーター、電気ポットなどを働かせた。パーティーのように浮かれたが、ホットプレート3枚を使って肉を焼いていたら、ブレーカーが飛び、真っ暗になった。他の家電製品も使っていたので、使える電気容量をオーバーしてしまったようだ。ちなみにV2H機器の給電状況はスマートフォンで知ることができる。使える電気容量を計算し、うまく電化製品を使いこなしたら、停電することもなく、おいしい夕食ができた。
また、ホンダeのインパネにあるバッテリーメーターを見れば電気の消費量も分かる。調理開始前に94%の残量を示していたが、10名分の夕食を作り、そのあとにチェックしてみたらバッテリーは75%の残量だった。夕食時に消費した電気は19%という計算だ。ホンダeに蓄えた電気を上手に使えば、災害時でも数日間は籠城できるはずである。夕食後のバッテリー量
外部給電器を使ってV2L体験も
夕食後はホンダeとV2Lに対応したホンダのパワーエクスポーター9000をつなげ、野外で電化製品を使ってみた。ホットプレートに載せたレトルトのホンダ特製カレーうどんを温め、みんなで食べたのだ。外部給電のV2Hは電気の充電と放電、その双方のやり取りができる。これに対し可搬型のV2L機器であるパワーエクスポーター9000は、EVの電気を他の機器に供給する一方向だけの設定だ。だが、供給電力量は9kVAあるから、いざという時には重宝するだろう。
ホンダeの電気を使ってグランピング体験も楽しんだ。テントの中に1000Wの電気ストーブやヒーター機能付きの電気マッサージチェア、電気毛布などを持ち込んだのである。ホンダeとパワーエクスポーター9000をつなげ、暖房器具などに電力を供給したが、寒い夜にも関わらず快適だった。夕食後はホンダの外部給電器「パワーエクスポーター9000」を使ってV2L体験
朝はホール棟に行き、朝食をとる。昨夜と同じようにホンダeから電気をもらってトーストなどを作った。小鳥のさえずりを聞きながらの朝食は格別だ。心が豊かになる。クルマとつながり、EVに新たな価値を加えるとともに便利な暮らしが広がるスマートな世界をちょっとだけ味わうことができた。
再生可能エネルギーを活用した脱炭素社会は味気ないと思っている人が多い。だが、今回の体験取材でそれは違うと感じた。クルマの電気を上手に利用することによって今まで以上に快適な生活とカーライフを楽しめる。また、非常時のことを考えると、絶大な安心も得られた。一度、体験してみればその魅力にハマってしまうだろう。