第5回 文理融合シンポジウム「量子ビームで歴史を探る」を開催しました

2021年12月15日

第5回 文理融合シンポジウム 量子ビームで歴史を探る ー加速器が紡ぐ文理融合の地平ー※1を、2021年9月9日(木)〜9月10日(金)にオンラインで開催しました。本シンポジウムには、量子ビームを専門とする研究者に加え、非破壊分析に興味を持つ大学や博物館などから考古学・文化財科学研究者、一般の方々も集結し、参加登録総数は80名を上回りました。口頭発表14編の講演を通して、文系・理系の垣根を越えた活発な議論を行う貴重な機会となりました。

第5回 文理融合シンポジウム 量子ビームで歴史を探る ー加速器が紡ぐ文理融合の地平ー のお知らせページ

大強度陽子加速器施設(J-PARC)物質・生命科学実験施設(MLF)ミュオン科学実験施設(MUSE)では、ユニークな特徴を持つミュオンビームを用いた研究が行われています。物構研は世界最高強度の負ミュオンビームの優位性を生かし、新たな非破壊研究手法を開発してきました。この手法は文化財をはじめとする人文科学資料の研究にも広く活用できる可能性があります。

一方、これまでも放射光や中性子などを用いて、様々な文化財科学の研究が行われてきています。そこで、放射光・中性子・ミュオンなどの量子ビームを利用する文化財研究の第一人者が一堂に会して、これまでの考古学研究とその関連研究、更に分析技術を紹介し、文理融合研究の可能性を探る文理融合シンポジウム※2を開催してきました。今回がその第5回目となります。

1日目

最初にKEKを代表して岡田 安弘 理事、主催者を代表して物構研の小杉 信博 所長から挨拶がありました。

高エネルギー加速器研究機構 岡田 安弘 氏本文理融合研究が始まるきっかけとなった人間文化研究機構の窪田 順平 理事(令和3年5月25日逝去)にご尽力いただいた経緯を紹介し、異なった価値観を持つ研究者が集う文理融合シンポジウムのアクティビティの重要性について話した。

物質構造科学研究所 小杉 信博 氏物構研と国立歴史民俗博物館が始めた文理融合研究は、文部科学省に設置された国立大学法人評価委員会でも評価されており、今後も継続できるよう支援していくと述べた。

特別講演

ミュオンで46億年前を探る~小惑星リュウグウの石の分析~大阪大学 二宮 和彦 氏はやぶさ2が持ち帰ってきた小惑星リュウグウから採集された石、そのなかでも3番目に大きい100 mgを超える石の初期分析が、MUSEで行われたというホットニュースがもたらされた。実験結果はまだ解析中であるため、小惑星リュウグウの研究計画とその背景、何故ミュオン分析が採択されたのかを、ミュオン実験の具体的な実験セットアップの写真を交えて紹介した。

第1セッション

J-PARCに於ける負ミュオン非破壊分析研究の現状物質構造科学研究所 三宅 康博 氏ミュオン非破壊分析法の原理を解説し、MUSEで行われた文化財の研究など4つの研究テーマの最近のアクティビティ、高度化の現状を報告した。

土器とDNA国立歴史民俗博物館 藤尾 慎一郎 氏同じ地域から発掘された土器であっても、縄文系のミトコンドリアDNAを持つ縄文人の土器と、朝鮮半島から水田稲作を拡散させた渡来系弥生人の土器は異なる形態であることが、骨のミトコンドリアDNA調査により解明できたという最先端の考古学研究が紹介された。

 第5回 文理融合シンポジウム「量子ビームで歴史を探る」を開催しました

第2セッション

第2セッションでは、田和山遺跡から出土した石製品の上の黒色付着物が、日本最古の文字かどうかに関わる4人の方々から講演が行われました。

出土遺物に付着した墨の分析橿原考古学研究所 岡見 知紀 氏墨の作り方などの墨の知見、特徴に加えて、田和山遺跡から出土した資料に関する赤外線撮影、SEM、EDS/EDX、FT-IR、ラマン分光などの手法による非破壊の調査結果の報告があった。

松江市田和山遺跡から出土した石製品に最古の文字か?松江市役所まちづくり文化財課埋蔵文化財調査室 灘 友佳 氏田和山遺跡の概要、そこから出土した硯ではないかと類推される石製品の詳細、並びに、その上に発見された黒色付着物について報告があった。

ミュオン非破壊分析による弥生時代墨書文字の検討岡山大学 南 健太郎 氏日本で発見された墨書の可能性がある文化財に関する知見に加えて、新たに、砂岩に墨で字を書いた模造品でのミュオン実験を紹介した。その中で、石製品の上の墨が深さ10 μmまで、しみこんでいることを実証できたことの報告があった。物質構造科学研究所 反保 元伸 氏田和山遺跡から出土した、石製品の上の黒色付着物についてのミュオン実験結果を紹介した。深さ10 μmまで、炭素成分がしみこんでいること、バインダー、墨の化学成分との違いを、炭素の異なるX線遷移確率から探求していく予定であることなど報告があった。

中世青銅製品と北宋銭国立歴史民俗博物館 齋藤 努 氏はじめに、日本における銭貨の歴史、北宋銭の輸入の経緯を紹介した。中世青銅製品が北宋銭を原料に作成されたという説を検証するために、ミュオン実験によって経筒の錆の下部にある金属部分の成分分析を行い、さらに、北宋銭と経筒、鎌倉大仏、雲版といった中世青銅製品の鉛同位体比を比較した結果、当該説の可能性は低いと推定した。

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更に、技術的な質問、問い合わせが寄せられたため、1日目の最後に、急遽、オープンディスカッションの時間が設けられました。

第2日目

第1セッション

J-PARC MUSEにおけるX線分析装置開発について物質構造科学研究所 反保 元伸 氏MUSEでの測定装置の高度化、貴重な文化財を安全にミュオン実験に供せるための標的ホルダーの紹介、ミュオン照射した資料の放射化、持ち出せる残留放射能の目安に関する講演があった。

多素子検出器用データ収集システムの進捗物質構造科学研究所 竹下 聡史 氏100素子に使うことを想定としたマルチ素子の新しいDAQデータ取得システムの導入、ノイズ対策として行ったDAQシステムの改造の詳細を紹介した。

第2セッション

江戸文化の研究と自然科学分析「ウルトラマリンブルー」(考古)と「泥絵」(絵画)~2つの研究を中心に~東京藝術大学 水本 和美 氏江戸遺跡から出土したかわらけや、焙烙などの土器に残された青い付着物が、ウルトラマリンブルーという顔料であることを科学的な調査で明らかにし、フランスでこの色材が工業化されて間もない時期に江戸の町人地でも精製された可能性があることについて示した研究と、江戸時代後期に描かれた泥絵に青色顔料として藍が用いられていたことを明らかにした研究を紹介した。また、陶磁器の表面に微量の絵具で描かれる絵柄である、「色絵」の材料調査をミュオンで行いたいとの要望を述べた。

負ミュオン非破壊分析による金製品の表面処理の検討 〜観世音寺出土金製品について〜国立科学博物館 沓名 貴彦 氏負ミュオン非破壊分析による金製品の表面処理を検討する研究として、埼玉県加須市の騎西城武家屋敷跡で発掘された蛭藻金と、福岡県太宰府市の観世音寺から出土した金製品の表面処理、色あげ(色付)に関する定量的な実験を行い、江戸時代の色付と比べて、より浅い1 μm以下の深さでの表面処理がなされていたことを紹介した。

第3セッション

負ミュオンを用いた鉄中微量炭素の非破壊定量分析法の開発国際基督教大学 久保 謙哉 氏負ミュオン寿命法を用いた鉄中微量炭素の非破壊微量定量分析法の開発に関する講演があった。特に、日本刀のなかでの炭素量をppmオーダーで分析するための技術開発の詳細を紹介した。

日本刀の金属工学的研究への中性子とミュオンの応用北海道大学 鬼柳 善明 氏中性子ブラッグエッジイメージングで刀剣内部の結晶組織構造を調べ、中性子CTにより空隙・粗粒介在物の透視をし、負ミュオン寿命法により鉄中の炭素濃度を調べた結果について紹介があった。

放射光を用いた高エネルギーX線マイクロCTの現状と文化財試料等への応用高輝度光科学研究センター 星野 真人 氏放射光を用いた高エネルギーX線マイクロCTの現状と文化財試料等への応用に関する講演があった。特に、SPring-8 BL28B2並びにBL20B2における高エネルギーX線マイクロCTの紹介、バイメタル剣や、鉄製の自在置物などの金属製文化財への測定例の紹介があった。

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シンポジウムの締めの挨拶とともに、物構研 ミュオン科学研究系の下村 浩一郎 教授から、新しく立ち上げる文理融合研究推進室について、現在予算要求しているとの説明がありました。

※1第5回シンポジウム開催にあたっては、最後の最後まで、上野の国立科学博物館での開催を模索したが、新型コロナウイルスCOVID-19感染拡大の状況、緊急事態宣言の発出を踏まえ、参加者の健康や安全面を第一とするため、オンライン方式とした。主催:高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所共催:人間文化研究機構 国立歴史民俗博物館、国立科学博物館協催:日本中間子科学会、J-PARCセンター、大阪大学核物理研究センター、新学術領域「宇宙観測検出器と量子ビームの出会い。新たな応用への架け橋。」、異分野融合(大阪大学)「新学術・産業応用を目指した次世代ミューオン分析拠点の形成」、SPring-8ユーザ共同体(SPRUC)文化財研究会

※22019年度は第1回文理融合シンポジウムを国立科学博物館で、第2回文理融合シンポジウムを大阪大学中之島センターで開催した。2020年度は第3回文理融合シンポジウム(9月25〜26日)、第4回文理融合シンポジウム(2021年1月28日〜29日)をオンライン開催した。第6回文理融合シンポジウムは2022年1月7日〜8日にハイブリッド開催する予定。


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