岩谷産業、液化水素製造でCO2ゼロへ
大阪湾に面する堺市西区の築港新町。火力発電所や製油所、化学プラントが集積する、このエリアに世界から注目されるプラントがある。岩谷産業と関西電力が出資する液化水素プラント「ハイドロエッジ」だ。
燃焼しても二酸化炭素(CO2)を排出しない水素が次世代エネルギーとして脚光を浴びている。水素社会の実現のカギを握るのが液化水素だ。水素は常温では気体だが、マイナス253度で液体となる。液化することで体積は800分の1に縮小する。水素の大量供給のためには輸送コストを大幅に軽減できる液化が欠かせない。
ハイドロエッジが世界から注目されるのは、液化天然ガス(LNG)の冷熱を使うという独自の液化工程を採用しているからだ。
ハイドロエッジは液化水素と空気分離ガスの2つのプラントで構成されており、液化水素の製造は2段階の工程で行う。まず空気分離ガスプラントで、隣接するLNG基地から供給するマイナス162度のLNGを利用し、空気から分離した窒素、酸素、アルゴンを一定程度まで冷却。そのうえで電気を用いてそれぞれを液化する。次に液化水素プラントで、マイナス196度の液化窒素の冷熱を利用し、天然ガスから取り出した水素ガスを冷却。電気によってさらに温度を下げ液化するのだ。
通常、水素は電気式クーラーだけで冷却して液化するが、「LNGの活用でコストを大幅に削減できる」(ハイドロエッジの美沢秀敏社長)という。1時間当たり3000リットルを製造できる系列が3つあり、生産能力も世界最大級を誇る。
ハイドロエッジの稼働開始は平成18年。産業ガス会社など液化水素を生産できる会社は多いが、美沢社長は「15年以上蓄積してきた運用ノウハウが強みだ」と強調する。プラントは一度止めると水素が温まり復旧に時間がかかってしまうため、365日24時間稼働させる必要があり、安定運用のノウハウが重要だからだ。
今後の課題は天然ガスから水素を取り出す製造工程で発生するCO2の処理だ。CO2回収装置の導入を検討しており、美沢社長は「CO2ゼロの製造にも挑戦したい」と意気込む。
岩谷産業は6月に令和5年度まで3年間の中期経営計画を発表した。中計では水素社会を推進するため、600億円を投資する方針を明らかにした。政府は12年に水素の消費量を最大300万トンまで増やすことを計画しており、同社は火力発電や自動車やバス、トラックなどの活用、家庭用燃料電池の普及を見込んでいる。
グループの液化水素製造拠点は現在、山口県周南市と千葉県市原市にもあるが、増産に備えて、4カ所目となる新工場を関東に建設する。燃料電池車(FCV)などに水素を供給する水素ステーションも国内は約6割増の83カ所に、米国も累計23カ所に増やす計画だ。
川崎重工業などとオーストラリアから液化水素を船で国内に運ぶ大型プロジェクトにも参画している。岩谷産業の間島寛社長は「サプライチェーン(供給網)の構築を進めることで事業拡大に努めたい」と話す。
カセットコンロのイメージが強い岩谷産業だが、80年以上前から水素事業を展開している。創業者の岩谷直治氏は「水素こそが人類の究極のクリーンエネルギー」と信じて、液化水素の技術開発を進めてきた。蓄積した技術が、水素社会の扉を開こうとしている。(黄金崎元)
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世界各国で脱炭素の動きが加速している。31日に開幕する国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)でも温室効果ガスの削減が議論される。国内企業が取り組む最先端の脱炭素技術に迫る。
「創業者の水素への思いがDNAに」岩谷産業・津吉学取締役常務執行役員