小中学校等の海洋教育の現場をつなぐ/田中智志 教育学研究科附属海洋教育センター
「東大の海プロジェクト3」 |
小中学校等の海洋教育の現場をつなぐ
教育学研究科附属海洋教育センターセンター長 田中智志教育学研究科教授TANAKA Satoshi |
教育学の専門家と海洋学の専門家が手を組み、初等中等教育における海洋教育カリキュラムの開発と普及のための活動をともに展開してきた海洋教育センター。足掛け12年にわたってこの取組みをリードしてきたセンター長が、その活動の中身と思いを紹介します。
海洋教育の現場をつなぐネットワークづくりを進めようと海洋アライアンスに海洋教育促進研究センターが発足したのが2010年。これを前身に2019年に教育学研究科附属に改組されたのが当センターです。
かつて海は無限の処理装置のように思われていましたが、それは間違いでした。温室効果ガスで温まった大気の熱を海が吸収すると、台風や熱帯低気圧が増え、内陸では旱魃や砂漠化が起こります。温暖化は大気というよりむしろ海の問題です。それは単に理科の問題ではなく、社会科や道徳だけの問題でもありません。
学習指導要領を超えて特色あるカリキュラムを組める教育課程特例校という制度があります。私たちは全国の特例校に、海を使った通年カリキュラムの実施を呼びかけてきました。国語なら海が描かれた小説を読解し、社会科なら漁業への影響を調べ、理科では気候のメカニズムを考え、音楽では海の歌を学ぶ……。海を核として周りに各教科を配置し、縦割りが基本の学校教育に海で横串を通すものです。現在、沖縄や気仙沼など、海の近くにある学校を中心に全国で40校が実施しています。
毎年実施してきた全国海洋教育サミットは8回を数えます。特例校に限らず海洋教育に熱心な学校の生徒と先生を招き、探求の内容を書いたポスターを安田講堂の回廊に貼り、生徒たちがプレゼンテーションを行っています。参加者は例年800人ほど。地方版にあたるイベントも、福岡の大牟田、東北の気仙沼と洋野町で同様に展開しています。
教科書や副読本、先生向けの指導用資料などをつくる出版事業にも力を入れてきました。例となるコンテンツをつくり、それを参考に、地元の海にいる生き物を載せるなど、地域の特色を活かした資料作成に役立ててもらうためです。近年は一般向けのビデオ教材も積極的に展開しています。
また、海洋教育の理念形成もセンターの大事な役割です。海の知識の伝達ではなく、海洋リテラシーを通じた人間形成が海洋教育の目的です。では育成すべき人間性とは何か。人間が自然を制御するという考え方が近代以降は強くなりましたが、一方で、人間は海という自然の恩恵を贈られて生きていると捉えることもできます。いわば日本的なこの自然観を活性化したいと思います。
キーワードは「マトリクス」と「ハビタビリティ」。海は全ての生命の母胎であり、生命が生存する基礎となるものです。人間がこの2点を忘れているうちに危機的状況に陥っている現実を認識しないといけません。操作する対象ではなく、ともに生きるものとして海を捉えることが必要です。人を気遣い大切にすることと海を気遣い大切にすることは、教育という営みの両輪なのです。
人類は地球環境にとって有害であるという意見もありますが、一方で人間にはエゴを超えて崇高なものに向かうベクトルも確実にあります。人間は悪だという考えが生じるのは、悪ではない面が人間にあるからこそ。両面を抱えながら少しずついい方向に向かうと信じて営みを続けるしかありません。