若き30代の社長と杜氏のコンビが造る、おもしろくてうまい酒─「秋田晴」を醸す秋田酒造
“秋田地酒の発祥の地”として知られる秋田市新屋町。秋田酒造株式会社の前身となる国萬歳酒造(くにばんざいしゅぞう)は、1908年(明治41年)に、海岸沿いの砂丘地にあり、現在も町のいたるところに豊富な湧水や井戸が点在するこの地で創業しました。
1969年(昭和44年)に、國萬歳酒造株式会社の瓶詰・販売会社として秋田酒造株式会社が設立。2012年(平成24年)10月1日付で両社は合併し、現在の秋田酒造株式会社となります。
そんな秋田酒造では、2021年3月に杜氏が交代し、新生・秋田酒造としての歩みを始めています。
新杜氏の小舘巌さんは秋田県立大学生物資源科学部の出身で、清酒酵母の開発にも携わった経験のある30代の若き杜氏。7年前に社長に就任している野本翔さんも同じく30代ということで、非常にフレッシュなコンビの誕生です。
新たなスタートを切った秋田酒造代表の野本さん(36歳)と新杜氏の小舘さん(38歳)に、これからの秋田酒造が目指す酒造りについてうかがいました。
秋田市新屋地区唯一の酒造「秋田酒造」
酒蔵のある秋田市新屋は水が豊かな土地柄で、古くから酒造り以外にも味噌や醤油、しょっつる(秋田県特産の魚醤)の醸造地として栄えてきました。
平成に入ったころには、町には5軒の酒蔵がありましたが、現在は「清酒秋田晴」を擁するこの秋田酒造のみが秋田市新屋の唯一の造り酒屋としての責を担っています。
「秋田市新屋の酒造りの文化や伝統を守り続けていくことを目標としています」と、社長の野本さんは語ります。
秋田酒造のメインブランドは、「酔楽天(すいらくてん)」と「秋田晴(あきたばれ)」です。
「酔楽天」の大吟醸や純米吟醸は、フルーティーな芳香とまろやかですきとおるような味わいが特徴のお酒。数々の鑑評会などに出品され受賞歴も多い代表銘柄です。
「秋田晴」は、毎日飲んでも飽きないレギュラー酒で、米・米麹・酵母・水と、すべての原料が秋田県産であることがポイントです。
新杜氏は酵母のプロフェッショナル
2021年3月に先代の加藤貢杜氏から杜氏のバトンを受け継いだのは、小舘巌さんです。秋田県立大学生物資源科学部出身で、同学部出身の杜氏が誕生するのは初めてのことなのだそう。
秋田酒造 杜氏の小舘巌さん
「大学在学時は、基本の生物学や化学に始まり、醸造学、食品衛生などを学んでいました。醸造実習というのもあって、学生時代に日本酒をタンク1本仕込んだこともあります。卒論のテーマは、『清酒酵母の胞子形成能の回復を目的とした遺伝子の解析』です。
酒蔵に勤めたいという希望のなかで、秋田酒造は人数が少ない小規模蔵だったので、すべての部門に携われると思ったのが入社のきっかけです」
学生時代に酵母の研究を専攻していたという小舘さん。秋田酒造に2006年に入社したあとは、蔵人としての仕事のかたわら、酵母開発にも携わります。
小舘さんが入社した当時、秋田県醸造試験場による「市販酒研究会」という若手技術者の勉強会や、秋田県酒造組合の若手グループによる「秋田醸友会」という集まりを通して、試験場の先生方と一緒に勉強をする機会があり、それがきっかけで小舘さんは実際に「秋田酵母No.12」や「秋田酵母No.15」の開発に関わっていました。
「市販酒研究会で新しい酵母をつくろうという話になり、『日本酒の売れ筋商品というのは何か』をテーマに、リンゴ系とメロン系の香りを生み出す2種類の酵母を開発することになりました。
試験場にはストックされている酵母が何百種とありますが、それを100mlのポリチューブのような容器の培養液に入れて、第1次の仮試験みたいな感じで選抜していくんですよ。その中で選抜したものをさらに米1㎏ぐらいで小仕込みして、さらに選抜していって最終決定するという感じですね。蔵の仕事をしながら、手が空いたら試験場に行って、そんな手伝いをいろいろしていました」
もちろん、酵母開発と同時に、蔵人としての経験を重ねます。
「最初に任されたのが主に酒母室ですね。とはいっても製麹の作業は蔵人全員で行い、それが終わると酒母をみるという感じです。入社後はずっと酒母を担当しつつ、分析手法も大学でひと通り勉強していたので、続いて醪も担当して、最終的に造り全部まで関わるようになりました」
「日本酒のおいしさに上限はない」
7年前に野本翔さんが社長に就任し、そして今年、杜氏も代替わりした秋田酒造。酒造りも少しずつ変化しているようです。
秋田酒造 社長の野本翔さん
「『日本酒のおいしさに上限はない』と私は思っています。社長に就任してからは、おいしいお酒を造るためにできることは全て変えました。設備でいえば、精米も、洗米機も、浸漬タンクも変更しました」と、野本さん。
「造りでいえば、麹に関しては、それまでメインの『酔楽天』には『氷上』という秋田今野商店の種麹を使っていたのですが、これを『グルコS』というグルコースがより出るものに変えました。この変更によって鑑評会などで賞が獲れるようになったと思います。その他の純米酒や本醸造酒などでも、それぞれ種麹の変更をしています」
さらに野本さんは続けます。
「前任の加藤杜氏は非常にアルコールを出す造りでしたが、それでもアルコール度数18度超えの日本酒で賞を獲っていました。でも、これは造りとしては難しいことで、一歩間違うと酵母が傷み、オフフレーバーも出てしまいます。それで、小舘杜氏には『可能な限りアルコールを出さず、原酒で16度程度のものを造ろう』と伝えました。
現在はアルコール度数が低いお酒が流行っていますが、あまり低すぎると今度はお酒がつわってしまいます。つわり香というのは、ジアセチルが原因のオフフレーバーです。そこで、日本酒にとって一番ダメージの少ないアルコール度数16度程度に押さえながら酒造りを行っています。
もうひとつ変更をお願いしたのが、火入れまでの時間の短縮化です。ろ過などの処理で火落ち菌などは除去できても、タンクでの低温貯蔵をする間に生老ねが起きて不快臭が生まれます。恥ずかしい話、これまでは『上槽で酒造りは終わり』という感覚だったのですが、これを『火入れまで終えて日本酒は完成』という意識に変えていきたいと思っています。まだまだ改善の余地はありますが、なるべくスピーディーにいきたいです」
このように醸造に対しての意識改革も含めた変更を語ってくれた野本さん。件の火入れも瓶燗急冷機の1回火入れに変えたことによって、よりフレッシュな出来になったそうです。
これからの酒造りを象徴する2つの新商品
設備の更新や酒造りの手法を変えたことに加えて、「秋田晴」シリーズに新たな商品が誕生しました。
ひとつは、「秋田晴 A(エース)」。「Akitabare Another Advance」と名付けられた「秋田晴」のこれまでとは違う一面を引き出したお酒です。もうひとつは、「髭・眼鏡・坊主」。新杜氏・小舘さんが初めて醸造した日本酒で、新しい酒造りに対する意気込みが込められています。
「秋田晴 A(エース)」
「これらの商品は、今までの定番商品とは一線を画すのがコンセプト。当社の昔のお酒は、あまり若者には目が向いていないというか、古き良きといった趣のお酒でしたが、それを払拭したいと考えています」と、小舘さんは新商品に込めた想いを話します。
「普段、日本酒を飲み慣れていない方にも入りやすいようなものをと考えています。たとえば、『A(エース)』のレッドラベルは、甘酸っぱいデザート酒ですが、当社ではあんなに甘いお酒を造ったことはこれまでありませんでした。
造りに関していえば、レッドラベルでは酵母にNo.77酵母や協会1801号を混合させて使っています。私は大学のときから酵母に触れていて、酵母が好きなので、新しいお酒にはいろいろな酵母を使用して、扱いのテクニックも突き詰めていけたらと思っています」
「A(エース)」シリーズは、「レッドラベル」のほかに「ブルーラベル」「パープルラベル」と、あわせて3種類があります。小舘さんのおすすめは、食事のタイミングに合わせて3種類を飲み分けることだそう。
「おすすめなのは、フルーティタイプのレッドラベルをまず食前酒に。食中酒にはすっきりして飲みやすいブルーラベル。最後に、特徴的な酸味と優しい甘さで飲み飽きないパープルラベルで締めるみたいな。そういうイメージです」
「髭・眼鏡・坊主」
2021年春にリリースしたばかりの「髭・眼鏡・坊主」は、小舘さん本人をイメージして考えられた商品名やラベルが特徴的です。
「これは杜氏就任記念というか、今年初めて『小舘がすべてを担当するお酒を1本造っていいよ』といわれたのを受けて考えたものです。
使用米は『吟の精』なんですが、このお米は先々代の社長が、当時の酒造組合の技術委員会の委員長だったときに誕生したお米なんです。
酵母は『AK-1(秋田流花酵母)』を使っています。AK-1は、大学在学中の教授の岩野君夫先生(醸造学者で現・秋田県立大学名誉教授)が、秋田県の醸造試験場の上長をされていた時代に開発されたもの。私にとっての恩人が生み出した米と酵母で、私がここに至るまでのルーツが詰まった日本酒といえるかもしれません」
「おいしいな、おもしろいな」と思える酒
最後に、酒蔵として、また個人として目指すことについて、おふたりにうかがいしました。
杜氏の小舘さんは、「まずは杜氏として社長や営業が伝えてくれるお客さまの声に合わせてお酒を造れる技術を身につけるということ」が第一の目標なのだそう。続けて、個人としての目標も話してくれました。
「数年前に秋田県で蔵付き分離酵母を抽出する試みがあったんですよ。ですが、うちの蔵では抽出がうまくいかなくて。せっかく酵母を扱う技術を持っているので、蔵付き分離酵母を独自に採って自社酵母として持ちたいですね」
社長の野本さんは「今後は、より個性的なお酒を造っていく必要があると考えています。おいしくて、かつ個性的というお酒」と、これから目指すべき商品のイメージを挙げてくれました。
「出品酒としてスペックを突き詰めたお酒ももちろんおいしいんですが、やはりそれだけでは差別化はできません。居酒屋さんなどで飲み比べて、『おいしいな、おもしろいな』と思えるような、飲んで楽しめるお酒を造って欲しいと杜氏にお願いしているところです。
どこの蔵も頑張っているところは同じだと思いますが、当社も以前に比べていろいろな面で向上していると思います。秋田県外ではまだ飲める機会が少ないとは思いますが、もし見つけたら知らない蔵だからと敬遠せずに、一度飲んでいただけたらうれしいです」
研究家気質で実直な小舘杜氏と、飄々としてユーモアのある野本社長。同世代ながらキャラクターは全く違いますが、おふたりとも目指すのは「トレンドや時流を押さえつつも、楽しめるお酒を造りたい」ということでした。
地域唯一の造り酒屋としての伝統を守りながらも、新しいことにチャレンジする若きコンビの今後に注目です。
(取材・文:髙橋亜理香/編集:SAKETIMES)