電力系統の需給バランス調整(ディマンドリスポンス)が再生可能エネルギーの導入拡大のカギに~脱炭素社会に向けた水素エネルギーの活用(10)
国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)大平 英二氏
脱炭素社会の実現に向けて「水素エネルギー」の活用に注目し、産学官からの水素エネルギーに関する取り組みを紹介していく本連載。第10回目は、福島県・浪江町に「福島水素エネルギー研究フィールド(以下FH2R)」という再生可能エネルギーを利用した水素製造施設を立ち上げた「産(民間企業)」と「官」の取り組みに注目します。今回も、9回目に続いてFH2Rの取り組みと活用事例、電力系統の需給バランスの調整(ディマンドリスポンス)の重要性についてお話を伺いました。
二酸化炭素の排出量を実質ゼロにするカーボンニュートラルの実現に向け、太陽光や風力発電などの再生可能エネルギーの導入は進んでいきます。出力変動が大きい再生可能エネルギーの導入拡大に伴い、今後は電力系統の需給バランスを調整(Demand Response)するための出力制御の機会が増加していくことが予想されています。そうした中、できるだけ出力制御せずに、再生可能エネルギーで発電した電力を有効活用するための方法として、電力を水素に転換して活用する「Power-to-Gas」というシステムが注目を集めています。そんなPower-to-Gasの確立に向け、実証実験を行っている施設が「福島水素エネルギー研究フィールド(Fukushima Hydrogen Energy Research Field)」(以下FH2R)です。FH2Rはどのような取り組みを行っているのでしょうか。
再生可能エネルギーから水素を製造・貯蔵・輸送する「水素製造施設」
2020年10月、政府は2050年までに脱炭素社会を実現し、温室効果ガスの排出を実質ゼロにする「2050年カーボンニュートラル宣言」を発表しました。カーボンニュートラルを実現するにあたって、再生可能エネルギーの活用は必要不可欠ですが、天候などの状況によって出力が変動する点が大きな課題とされてきました。そんな課題を解決すべく、再生可能エネルギーから水素を製造し、貯蔵・輸送するだけでなく、需給バランス調整に取り組んでいるのが、福島県浪江町にある水素製造施設「福島水素エネルギー研究フィールド(FH2R)」です。面積は東京ドーム約5個分に相当する約22万㎡。世界最大級となる10MWの水素製造装置と20MWの太陽光発電設備を備えた施設では、再生可能エネルギーを活用した水の電気分解による水素製造とその輸送・貯蔵に関する技術開発、出力変動の大きい再生可能エネルギーを最大限活用するための水素も含めた電力系統の需給バランス調整機能(Demand Response)を実現するための技術開発が行われています。FH2Rは20MWの太陽光発電設備、10MWの水素製造装置、その水素を貯蔵・供給施設といった3つの要素で主に構成されています。電力の需給バランスを制御するシステムは東北電力、水素の需要予測システムは岩谷産業、全体を制御するシステムは東芝エネルギーシステムズ、旭化成は水電解装置の性能向上のための技術開発を担当しています。「再生可能エネルギーの導入を進めていくにあたって、電力系統の需給バランス調整が重要になります。FH2Rは再生可能エネルギーから水素を製造することに加えて、調整力の提供も一つの役割です。これは水電解水素製造装置の負荷を変動させることによって提供していますが、水素の需要、FH2Rが所有する再生可能エネルギーの発電量を踏まえ、いかに効率的に運用するか。再生可能エネルギーを無駄なく使うとともに、電力の調整力として活用するためのシステムの構築が、今回の取り組みの大きなポイントになっています」と国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の大平英二(おおひら・えいじ)氏は話します。具体的には太陽光の日射量、それに伴う予測発電量、水素の需要、運搬に係る時間や適正在庫量など、さまざまなデータをもとに最適な運用システムの構築を目指しています。この運用システムの構築を進めていくにあたって、大平氏が重視しているのが「水を電気分解して水素を製造する装置」です。大平氏はこう語ります。「本格的に利用するにあたって、電解装置の需要変動に対する応答性や耐久性を高めていくことが欠かせません。予想した通りのレスポンスが得られるのか。この装置に対する技術的な信頼性を獲得することが、FH2Rでの大きな目的でもあります」(大平氏)現在、FH2Rにある10MWの水素製造装置は世界最大級の大きさとなっていますが、大平氏は課題を口にします。「10倍以上大きさが必要である」と。「電力系統の安定化という点で、需給バランス調整をやっていこうとするならば、今よりも10倍以上の大きさがなければ、本当の意味での実用化はないと思っています。とはいえ、いきなり10倍以上にすることは難しい。ですから、まずはこのサイズでしっかり技術基盤をつくり、運用システムを構築できればと思っています」(大平氏)
製造された水素の活用事例と、カーボンニュートラル実現に向けた時間軸
FH2Rで製造された水素は現在、「水素運搬トレーラー」によって、あづま総合運動公園(福島市)や道の駅なみえ(浪江町)、Jヴィレッジ(楢葉町)に運ばれ、定置式の燃料電池で使われています。また、最近ではいわき鹿島水素ステーション、イワタニ水素ステーション仙台空港、そして東京都内の水素ステーションへの供給も行っています。「エネルギーの転換は非常に時間がかかるものです。個人的な肌感覚としては、2030年のタイミングでようやく水素社会の実現に向けたスタートポイントに立つくらいの感覚です。今まで全体の発電量に対して、どれくらい水素を使うか。そこの議論があまりされてきませんでした。ただ、今はカーボンニュートラル実現に向けて、エネルギー基本計画の中で水素が語られるようになっています。これからの10年が大事になる。これまではあまり現実味がなかったかもしれませんが、この10年で現実味を持たせていきたいです」(大平氏)例えば、福島県では2040年頃までには、県内エネルギー需要の100%相当量を再生可能エネルギーで生み出すことを目標に、再生可能エネルギーの導入拡大を進める「福島県再生可能エネルギー推進ビジョン」が掲げられています。こうした背景からも、FH2Rが取り組んでいる電力を水素に転換して活用する「Power-to-Gas」というシステムは重要性が高まっていくことでしょう。そして、それは福島県に限った話ではありません。
「電力系統の需給バランスの調整(ディマンドリスポンス)」と必要量の水素製造によるコスト削減に
もちろん、水素社会の実現を目指していくにあたって、解決すべき課題はまだ多くあります。そのうちのひとつが「コスト」です。現在、FH2Rは不安定な再生可能エネルギーを最大限活用することによる必要量の水素製造と、電力系統の需給バランス調整の両立を最適に行うことで、水素の製造コストを下げることを目指しています。「再生可能エネルギーの導入拡大と電力系統における電力品質の維持の両立について、日本は欧州に比べると難易度がとても高いのが現状です。欧州の電力網は欧州全体に及ぶ大規模なものであるため、再生可能エネルギーを大量に入れても調整が行いやすい。一方、日本は独立した系統のため、日本の中だけで処理しなければなりません。この規模の小ささが再生可能エネルギーを増やしながら電力品質を保つ難易度を上げています」(大平氏)だからこそ、FH2Rは水素需要、電力系統安定化に必要となる電力需給調整量、そしてFH2Rに備えている太陽光発電電力という3つの予測に基づき、最適に運用するための技術を開発しているのです。予測情報に基づいて、いつどのように各機器を運転することが最も効率的かを計算し、全体の運転を行う。この予測と最適運用を組み合わせることにより、水素製造と需給バランス調整を両立させ、水素を製造するコストが下げられます。「今後、工業原料の低炭素化を進めていくにあたって、FH2Rのような設備を工場内に導入し、そこで水素をつくり、輸送することなく工場内で使う。そういった使い方も考えられると思います」と語った大平氏。2050カーボンニュートラルに向けて、FH2Rの取り組みはここから本格的にスタートしていくところです。文/新國翔大
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