初動のスピードが カギを握る風水害復旧 一流の講師陣が実務に役立つハウツーを伝授

木村 最近の水害には2つの変化があります。1つは深く浸水する。西日本豪雨が典型的でした。建物の2階の中程まで水に浸かるケースが増えています。

もう1つは、昨年の台風19号のように関東から東北まで非常に広いエリアが一様に被害にあう。被害の甚大化と広域化の影響で、復旧までに非常に時間がかかっています。市街地の大半が浸水した一昨年の岡山県真備町や2015年の茨城県常総市などみていると、浸水エリアの復旧に半年から1年以上かかることが珍しくありません。

番矢 当社は企業向けの災害復旧サービスを提供していますが、水害の甚大化と広域化は、実感しています。温暖化の影響で台風が大型化し、広い地域に大量の雨が降るようになって来たからと言われていますね。一昨年の西日本豪雨では、主に中国地方の工場、昨年の台風19号では新幹線の水没が大々的に報道された長野県長野市の豊野エリアをはじめ、東北地方などで50件を超える復旧を支援しました。木村先生は、西日本豪雨の際も、被災地の状況を細かく調査されていますが、現地の復旧において、お気づきになったことはどのようなことでしょうか?

木村 被災地での私の調査対象は主に一般住宅ですが、初動の遅延が住宅の被害拡大を招く例を多く見てきました。浸水したら、速やかに水損した畳・家具・電気製品を廃棄し、床下の水や泥を除去し、濡れた石膏ボードや断熱材を切り取った後、建物を最低1カ月は床下に送風機で風を送るなどしてじっくり乾燥させます。

しかし、その応急処置がスムーズに進みません。水害経験が無い住民が多く、どうしたらよいか分からないという声もよく聞きます。ボランティアの人材も不足、地域の工務店も減少してきています。建てた工務店が既に倒産していることも珍しくありません。また、建築方法や建設資材の多様化もあり、家を建てたはずの工務店でも的確な応急処置となると難しいのが現状です。プレハブ住宅も増えていますが、工場で一体的に組み立てられて修理を前提にしていない構造も多くて、一度浸水するとメーカーでも苦慮するのが実情です。対応が遅くなるほど、カビの増殖や、柱や筋交いといった建物の構造部材の腐食といった二次被害も拡大します。スピーディーな初動は簡単ではありません。

番矢 なるほど、いまおっしゃられたことは、企業や工場の復旧でも同じですね。素早い初動の重要性は変わりません。我々の場合、特に水害などの自然災害の場合は、被災地にいち早く到着し、連絡が入ったら数時間で現地に駆け付けられるよう全力を尽くしています。建物についてもすぐに洗浄し、強制乾燥をすることで、カビの発生などを防ぎ、健康被害を防ぐことが出来ます。あと、工場の場合は生産設備が同じく水没することが多いのですが、中国地方のある工場で伺ったのは、「一番困ったのは、すぐに支援が来ないこと」ということでした。設備メーカーに助けを求めても、どこも手一杯となっていて、支援は数カ月後になると言われたそうです。その点、業種を問わず多種多様の機械や設備の復旧が可能な我々の出番が来ます。

独自技術で一点物も迅速に復旧

――一般住宅ではカビや腐食を最小限に抑えるために迅速な初動が不可欠と木村先生から指摘がありました。産業用機械・設備では、初動の重要性はどこにありますか。

完山 やはり腐食対策です。水害復旧は腐食、主にサビの進行との戦いです。カギを握るのが初動処置といっても過言ではありません。そのため、いち早く実施するのが洗浄、そして乾燥です。高圧洗浄機を用いて泥などの汚れを水で一気に流します。

ただ、当社の洗浄はそれで終わりません。汚染状態を判別するため、金属表面に付着している不純物・pHを調べます。そして調査結果が酸性ならアルカリ洗浄剤、アルカリ性なら酸性洗浄剤で中和させます。その後、導電率の低いDIウォーター(純水に近い無機塩類の低含有率水)で洗い流します。水道水だけの洗浄は危険です。無機塩類・塩素が含まれているため、サビの原因となるからです。

我々はドイツ本社で開発した40種類以上にも及ぶ独自薬剤を使い分けています。サーバーのような電子基板が搭載された精密電子機器が水没しても、精密洗浄という高い技術を使って回復できます。

番矢 乾燥と言っても、我々が実施しているのは、扇風機や送風機を使った自然乾燥ではなく、対象物を密閉して強引に湿度を取って外に放出する、強制乾燥です。

機械の場合も個別にパッケージングして外気を遮断し、除湿乾燥機を稼働させ湿気を取り除きます。建物の構造や機械の材質に合わせ、強制乾燥の方法は異なりますし、当社のマニュアルはここだけで80ページにも及びます。

精密電子機器の場合には、電子基板にダメージを与えない真空乾燥法を用います。気圧を下げることで沸点を降下させ、より低温で水分が蒸発する性質を利用したもので繊細な部品を安全に、また確実に乾燥させます。

完山 サビの進行は条件によっては早くなり、到着時にすでにサビが生じているケースも多くあります。しかし、我々の持つ分解洗浄技術はサビ除去も含めて復旧を可能にします。西日本豪雨で起きた高潮で、2週間海水に浸り、サビがかなり進行した金属機械も問題なくリカバリーしました。独自薬品の使い分けだけでなく、細かく分解した部品を超音波洗浄などの特別な技術を用いて、サビを除去します。

木村 被災地は水害復旧のノウハウがないため、目に見える範囲を掃除しただけで大丈夫、と思って住み続け、後々被害が拡大するケースもあります。壁の裏の断熱材などの隠れた「濡れ」を知らないためです。わずかな床上浸水で安心していたら、後で床が凹むといった被害も発生しています。

番矢 まさに仰る通りです。我々のところにもたまにですが、被災から2カ月も経ってから、相談に来ることがあります。応急措置を自力でやったけれども、時間が経つと異臭がしてきて、中を開けたらカビが生えていたというようなことがありました。

完山 軽い浸水も油断はできません。企業でも、自分たちで復旧できると思って従業員の方が機械を洗い、送風機で乾燥するのを見かけます。しかし実際は空気を漫然と循環させているだけでは湿度は下がらず、一生懸命作業されても乾燥という結果に結びつかずサビが進行します。

初動のスピードが
カギを握る風水害復旧 一流の講師陣が実務に役立つハウツーを伝授

機械の場合、我々なら分解して細かい部品までチェックし、汚れやサビを除去しますが、一般的にはそこまで目が届かないことが多く、機械を動かしてはじめてサビが発覚、当社に依頼され、結果的に再開までの時間が延びるケースがみられます。

木村 分解洗浄で水に浸かった機械を復旧できるのは心強いです。日本では、買い替えのできない古い一点物の機械を使っているところがあります。2004年に新潟で起きた7.13豪雨では繊維工場にあった100年近く前の織機が浸水しました。独特の風合いはその機械無しには出せないものですが、もはや買い替えは不可能でした。困っていたら、2000年東海豪雨の被災経験を持つ取引先企業がすぐ駆けつけて復旧作業を手伝ってくれて助かった、とその機械を見せてくれました。浸水した機械は出来るだけ早く処置すれば再び使用できること、それには経験に基づくノウハウが欠かせないこと、早期の復旧によって事業継続ができることを知りました。

番矢 とてもよく分かります。日本ではメンテナンスをしっかりしながら同じ機械を長く使いますし、一点物で作られた設備も多い。また10年、20年経つと、製造中止になったり、メーカー自体が廃業されることもあります。新しい設備で入れ替えるにしても、繊維などは風合いといった微妙な違いが再現できないものもあるでしょう。多くの設備が前後に連なっているような場合は、タクトの違いなどからそこだけピンポイントで入れ替えるのが難しいものもあります。当社の災害復旧は基本的に、既存の設備を被災前の状態に戻すので、そういった問題は避けられますし、費用も時間も大幅に節約できます。

水害対策先進国レベルのスペシャリストが対応

――水害復旧のためのノウハウや人材の不足を補う方法はありますか?

木村 乾燥の重要性の周知もありますが、もう1つは他国から学ぶことでしょう。たとえば、米国は水害対策が進んでいる国です。水害用の一般市民向け復旧マニュアルが存在します。そこには安全に、かつ健康を損なわない対策が記されています。

被災地における電気やガスへの注意や、マスクの着用、作業に適した靴などの装備、作業後の手洗い、アレルギーやぜんそくなど基礎疾患のある方は作業を避けるといった、具体的な対策が示されています。日本はこの点が非常に弱いです。見習うべき点です。

番矢 たしかに欧米ではそのあたりのマニュアル化は日本より進んでいますね。当社も水災後の復旧方法は、米国のIICRC(the Institute of Inspection Cleaning and Restoration Certification)から水害復旧技術のトレーナーを招き、研修を実施しています。洗浄や復旧技術の標準化と技術認証で50年近くの歴史がある会社です。

前田 私はIICRCの水害復旧技術者の資格取得者のひとりです。研修は、科学的基礎の勉強から現場作業に不可欠な視点の取得まで、みっちり行うというのが感想です。

たとえば乾燥については、乾きやすい室内外の湿度と温度の関係や送風機の効果的な設置場所、必要な設置台数を導く方法などを学びます。被災地で安全な入口を確保する方法や電気の配線など、現場で遭遇する危険の対処法も習います。

また、防護服やマスクなどの正しい使い方の研修も含め、初歩的と思われがちですが、安全性への高い配慮がなされています。論理的な内容なので、効率的な初動作業や危機察知能力を身につけるのに非常に役立ちました。装備や現場での確認点がチェックリスト形式でまとまり、ミスを防ぐ仕様になっています。

木村 それは素晴らしいです。チェックリストは本当に役立ちます。日本のボランティアもレベルが上がっていますが、まだ進んで他国から学ばなくてはなりません。

国内の災害ボランティア向けマニュアルも以前よりは改善されてきましたが、水害=泥、という意識が未だ強くて、服装はゴム長靴やゴム手袋と書かれています。しかし、応急処置のため部材を一部除去したところでは、あちこちに釘が出ていたり、外した部材に釘が刺さっていることがあります。安全靴や少なくとも安全インソールを靴に敷いていないと、釘を踏み抜いてしまいます。また、革手袋等の強化されている手袋を使わないと手にも刺さります。一旦身体に刺さると破傷風の恐れがあります。水害といっても泥出しか、応急復旧なのかによって安全の備えが変わります。まだまだ安全への意識、自分の体を守る視点が弱いのが実情です。被災者に至っては、そうしたマニュアルも知らず、危険だと思わずに作業をしているのもしばしば見受けます。

消毒の意味も理解されていません。市民のみならず行政レベルで理解されていない大きな問題です。西日本豪雨のときに倉敷市が消毒用にと消石灰を積極的に配布しました。しかし、現地では目の調子が悪い方が続出し、1週間後には市が消石灰の使用を中止するように呼び掛けました。米国の公衆衛生を司るCDC(Centers for Disease Control and Prevention)は、消石灰には消毒効果はなく、舞い上がって目に入ったり吸い込むと有害と指摘しています。

このように、正しい知見に基づいて安全に適切に復旧作業を行うことが風水災害対策で重要になっています。

短期間、低コストの復旧が被災企業の事業継続のカギ

――今後の水害対策の見通しは。

木村 国家レベルの話になりますが、これだけ風水害が増えると、保険の支払額が大きくなってきます。日本損害保険協会の発表では2018年7月豪雨で支払われた保険料は約2000億円、2019年の台風19号では約5500億円にものぼります。

日本の損害保険業界が風水害で1兆円を超える保険金を払ったのは2018年がはじめて。2019年も風水害だけで1兆円を超える見込みで、2年連続で1兆円超えです。保険の掛け金も当然上がり、保険制度の安定性が揺らぎかねない状況です。

また中小企業では、大災害の時にグループ補助金といった大きな補助制度が東日本大震災から創設されるようになりました。設備の買い替えに、5~7割強は補助されますが、残りは自己資金。おまけに災害規模が大きいと、補助金の申請から採択、設備の購入から設置、稼働までに時間がかかります。その間は収益がなく、場合によっては他の企業に市場を奪われます。また、補助金での復旧は過剰な設備投資になりがち。売り上げが予想を下回ったために、5年後10年後に倒産となるケースは少なくありません。

この2つの観点からも、高額な買い替えではない、短期間で費用も抑えられるリカバリープロのような高い技術力を持つ専門業者による復旧を依頼するのが合理的だと思います。今後、一般住宅へのサービス参入も期待しています。

番矢 ありがとうございます。当社も損害保険大手数社と業務提携していますが、保険システムにおいても、これだけ自然災害が増えてくると当社の果たす役割は益々増えてきていると感じています。お客様の困難にいち早く駆けつけ、短期間かつ低コストの復旧で支援したいと思います。リカバリープロは今年設立10周年を迎えます。今後も技術力のさらなる向上と体制の強化に努めてまいります。