『僕のヒーローアカデミア』暗雲立ち込める最終章のはじまり 生き方を迫られるヒーローたちは今後どうなるのか

『僕のヒーローアカデミア』31巻(集英社)

 『僕のヒーローアカデミア』暗雲立ち込める最終章のはじまり 生き方を迫られるヒーローたちは今後どうなるのか

 『僕のヒーローアカデミア』(以下、『ヒロアカ』)がいよいよ最終章をむかえる。堀越耕平が「週刊少年ジャンプ」で連載している本作は、世界総人口の約8割が特殊な力(個性)を持つ超人社会を舞台にしたヒーロー漫画だ。【画像】ヒーローを追い詰める死柄木、荼毘、トガヒミコ 強い「個性」を持つ者が“ヒーロー”として活躍する超人社会でヒーローを目指すデクこと緑谷出久は、個性を持たない「無個性」の少年だったが、No.1ヒーローで「平和の象徴」と呼ばれるオールマイトの個性「ワン・フォー・オール」を譲り受け、雄英高校のヒーロー科に入学。そこで知り合った仲間たちと共にヒーローを目指して成長していく。 今年の夏には劇場アニメの第3作『僕のヒーローアカデミア THE MOVIE ワールドヒーローズ』が公開され、勢いを増す『ヒロアカ』だが、単行本第31巻では、クライマックスに向かって物語が大きく動き始めた。※以下、単行本31巻までのネタバレあり。 超人社会転覆を目論むヴィラン(悪党)の死柄木弔が率いる超常解放戦線によるテロ計画は、ヒーローたちの奇襲作戦によって阻止された。しかしその代償は大きく、戦場となった街は壊滅。廃墟と化した街を見たヒーローたちは無力感に打ちひしがれる。 一方、逃げ延びた死柄木は、対“個性”最高警備特殊拘置所、通称・タルタロスを襲撃し、自身が先生と呼ぶ「オール・フォー・ワン」をはじめ収容されていたヴィランを開放する。脱獄したヴィランたちは各地の刑務所を襲撃。犯罪者たちが野に放たれ、都市部ではヒーローに頼れない市民が自ら武装してヴィランと戦う無秩序状態に。ヒーローの信頼が失われ、仲間たちが続々と廃業していく中、残されたヒーローたちは、これからの生き方を迫られていた。 この31巻が面白いのは、物語の前提となっていた超人社会が崩壊する様子が順を追って描かれていることだ。架空の世界とは言え、ここまで社会秩序が崩壊していく様子が漫画の中で描かれることは珍しい。特に少年漫画は主人公の成長物語が中心となるため、背景となる社会の有り様を細かく描くことが難しい。 ここまで切迫した社会崩壊を『ヒロアカ』が描いたのは、ヒーローという概念が社会と無関係ではいられないからだろう。同時に、コロナ禍に世界中の人々が感じている先が見えない不安と劇中の物語をシンクロさせたかったのだろうと思う。 同時期にジャンプ本誌では『呪術廻戦』も「渋谷事変」という長編エピソードが終わり、劇中の社会秩序が崩壊して世界が大きく様変わりする様子を描いていた。 『ヒロアカ』と『呪術廻戦』の2作は、コロナ以前から進めていたエピソードが、コロナ禍になったことで作品世界と現実の乖離が起きていたのだが、物語が新章に入る際に、現実と作品の溝を埋めるため、作品世界のベースとなっていた秩序が崩壊して、混乱する世界を描いている。 フィクションなのだから、現実を無視して描き続ければいいと思う方も多いかもしれない。しかし、堀越と芥見は漫画以上に荒唐無稽な世界となった現実と対峙するために、作家としての想像力を総動員して現実以上に混沌とした世界を紡ぎ出すことを選択した。物語の力で現実と向き合おうとする漫画家としての意地に何より圧倒される。 これは各キャラクターの物語に関しても同様だ。オールマイト引退後、No.1ヒーローとして活躍していたエンデヴァーは「幼少期に父親から受けた苦しみ」を息子の轟澄矢ことヴィランの荼毘がテレビで暴露したことでヒーローとしての信頼が失墜。過去に自分がした家族に対する罪に苦しむことになる。この場面は、過去の失言や過ちが暴露されることでセレブやスターの社会的地位が失墜する“キャンセルカルチャー”そのものであり、読んでいていたたまれない気持ちになる。 傲慢な父親として家族をないがしろにしてきたエンデヴァーが、良き父、良きヒーローとして更生していく姿は、少年漫画の『ヒロアカ』に大人の苦味を与えていたが、作者は更生したエンデヴァーを再び地獄の底に突き落とすことで「過去の過ち」と改めて向き合わせようとする。 一方、主人公のデクも選択を迫られる。病院で昏睡状態にあったデクは夢の中で個性「ワン・フォー・オール」の力の源となっている歴代の個性継承者たちと対面する。そこでデクは死柄木弔を殺せるか? と(死柄木の祖母・志村菜奈から)問われる。切羽詰まった状況を理解しつつも、死柄木を殺すのではなく助けたいとデクは言う。デクの志に胸を打たれた歴代継承者たちは彼に力を貸すことを約束するのだが、一方でデクは友達を巻き込みたくないという思いから英雄高校の仲間たちに別れを告げる。 最後のページでは「終章開幕」と書かれ「でっけー敵(ヴィラン)」という第一巻冒頭でデクが発した台詞が反復される。物語が一巡し、終わりに向けて物語が動き出したことがわかる上手い構成だが、デクは一人ぼっちで、コスチュームはズタボロ。目も虚ろだ。今後、デクは一人で戦うことを選ぶのか? ヒーローとヴィランの生き様が複雑に絡み合う最終章のはじまりに注目である。

成馬零一

最終更新:リアルサウンド