日立造船、「脱水機」から挑むカーボンゼロ
13日に閉幕した第26回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)は、石炭火力発電の段階的な削減を目指すことを合意に盛り込んだ。二酸化炭素(CO2)の排出削減へ世界の官や民が知恵を絞る中、日立造船はCO2から都市ガスをつくる「メタネーション」という技術の実用化に取り組む。得意の「脱水機」の技術を応用し、カーボンゼロに挑む。
余剰電力をガス資源に
大阪湾に面した場所にある日立造船の築港工場。11月上旬、CO2活用を目指す広場「PtGスクエア」がお目見えした。PtGは「Power to Gas(パワー・トゥ・ガス)」の略。太陽光などの再生可能エネルギーは発電量の調節が難しく、余剰電力を抱えてしまうことがある。それをガス資源として使えるものに変えよう、という考え方だ。
ここで日立造船が実用化に取り組もうとしているのが、「メタネーション」と呼ばれるCO2と水素を触媒で反応させてメタンにする技術。基礎研究から装置までをここで通して見学できるよう、グループ内から装置や人を集めた。
メタネーションについて、同社の方式は2段階に分かれている。まず余剰電力などから水素を作り、次にできた水素とCO2からメタンを作り出す。メタンは都市ガスなどとして活用できる。
BSテレビ東京「日経スペシャル SDGsが変えるミライ」19日午後9時放送 ・機関投資家が注視、脱炭素マネーの運用先は「脱日本」 ・世界はどこへ? 日本がすべきことは? COP26合意の裏側に迫る ・30年前に炭素税導入。環境先進国スウェーデンの新常識とは?本記事の関連映像も紹介します。「99.6%」の高効率の秘密
同社に長く息づく技術が生かされている。電気から水素をつくる電解装置は1時間の稼働で、水素で走るトヨタの燃料電池車「ミライ」3台の燃料を満タンにできる量の水素がつくれる。工業用脱水機メーカーとして日立造船が培った技術を応用した。
次がメタンを生み出す工程。「広場」の裏側に、鉄骨で組まれた3階建ての装置がそびえる。触媒の詰まった細長い筒が2本、床を突き抜けるように立つ。CO2と水素を混ぜた空気が2本の筒をめぐると、99.6%という高い効率でメタンを取り出せる。
効率が高ければ高いほど水素を無駄にせずにメタンを得られるが、一般的にメタネーションの効率は70~80%とされる。99.6%という高い数字がなぜ出せるのか。日立造船が長い時間をかけて改良を重ねてきた「触媒」にその秘密がある。
「もっと日常的に使えるように」
約30年さかのぼった1993年。「『メタネーション』を提案してみないか」。東北大学の橋本功二名誉教授が、日立造船の研究員に持ちかけた。同社はごみ焼却技術など環境関係の装置開発を長く手掛けてきていた。当時、海水から水素などを作る装置の実用化を目指し、研究員が素材の勉強に東北大に来ていた。
今の技術開発グループ長、泉屋宏一氏も当時、東北大で研究した一人。「従来の『メタネーション』はルテニウムという貴金属を使うのが主流。希少で、高い圧力をかけなければならず、もっと日常的に使えるものにする必要があった」と振り返る。
95年に基本形となる触媒を開発。その後も細かい改良を重ね、「99.6%」の高効率にこぎ着けた。さらに高い圧力をかけずに済むため、装置を小型にできるメリットもあった。18年のダボス会議で展示するなどしてきた。このほど、東京ガスの実証実験に使われることが決まるなど、最近の脱炭素の流れを受けて「急激に関心が高まっている手応えはある」(泉屋氏)という。
まだ残る商用化への課題
ただ、商用化まではまだ課題が残る。問題の一つは水素のコストだ。余剰電力からメタンの原料となる水素を作るのに、今の装置は1日20万円とコストが高い。
PtG事業推進室長を務める安田俊彦執行役員は「CO2を出さざるを得ない企業の受け皿を目指す」(安田氏)と事業構想を描く。製鉄やセメントをつくる素材事業は、生産工程上どうしてもCO2が出てしまう。その課題解決を狙う考えだ。
顧客のなかには、敷地内で水素が発生している工場などもある。その場合は水素を調達する際の問題を気にかけずに済むケースもある。2030年にはメタネーション関連で100億円の売り上げ規模を目指したいという。
日立造船のメタネーションの手法は、フランスの化学者ポール・サバティエが20世紀初頭に発表し、後にノーベル賞を受賞した技術が基になっている。独自に培ってきた工業用脱水機や環境装置のノウハウをそこに積み重ね、脱炭素社会への貢献を目指す。