卵は賞味期限過ぎたら捨てる?意外に知らない、卵の正しい保存方法 Q&A
かつて卵は、日持ちの長い乾物を扱う乾物屋で常温で売られていた(1)。2021年5月に出版されたタマゴ科学研究会の著書『まいにちタマゴ 専門家が教える最高の食べ方』(池田書店)(2)によれば、卵を食べる習慣は室町時代に広まり、江戸時代には水戸光圀らが養鶏の普及に努め、卵を生で食べていたという。新鮮な魚介類が江戸前の海で獲れ、刺身として生で食べていたので、卵を生で食べることにも抵抗がなかった。江戸時代の中期には、生卵をごはんにかける「卵かけごはん」が生まれた。明治時代に新聞記者や実業家として活躍した岸田吟香(ぎんこう)が、「卵かけごはん」を世に広めるきっかけを作ったそうだ。
卵は、日本人にとって、おなじみの食品だ。消費量を見てみると、一年間に338個と、ほぼ1日一個の割合で食べており、消費量を世界と比べてみると、第一位のメキシコ(372個)に次いで、二位の多さ(2)。
だが、これだけおなじみの食品でも、案外、一般に正しく知られていないことは多い。ある料理研究家の方が、買ってきた市販の卵の賞味期限が冷蔵庫内で迫ってきたときの対処法として「複数個まとめてゆでて冷蔵庫に入れておく」と、ある取材記事で答えているのを読んだ。が、これは後述する通り、正しくない。
そこで、この記事では、一般の方にわかりやすいよう、また日常の食生活に役立てられるよう、卵の知識について、Q&A方式でお伝えしたい。
前述の書籍『まいにちタマゴ 専門家が教える最高の食べ方』(2)や、食品の保存に詳しい東京農業大学客員教授の徳江千代子先生が監修した『賞味期限がわかる本』(3)、「卵博士」と呼ばれる卵の専門家で京都女子大学家政学部食物栄養学科の八田一(はった・はじめ)教授(4)、卵の関連企業や業界団体である日本卵業協会(5)、昭和20年代から創業68年の養鶏農家を営む篠原一郎さん(1)、タマゴ科学研究会(7)への取材や卵メーカーへの取材などを基に、記事をまとめた。
賞味期限が迫った卵はゆでて保存すればいい?
―賞味期限が迫った卵はゆでて保存しておけばいいの?
A.いいえ。ゆでてしまうと、むしろ、生卵より、賞味期限を短くしてしまいます。卵の卵白には、リゾチームと呼ばれる、菌を溶かす酵素が含まれています。が、ゆでると、この酵素「リゾチーム」の働きが失われてしまうのです(3、徳江千代子先生の監修書籍)。
冷蔵庫から出してしばらく置いていい?卵液のまま放置するのは?
―冷蔵庫から出して調理するまで置いておいても大丈夫?卵を扱うときに注意することは?
A. 割った卵は細菌が繁殖しやすいので、割り置きせず、調理の直前に割ってください。卵料理をするときは、中断せずにすばやく。殻ごと器に入れる配膳は、菌が器に付着する恐れがあるので止めましょう(3、徳江千代子先生)。
A. 一番だめなのは、卵の表面に水滴がついたりすると、菌が水滴の中を動いて中へ入っていく。常に乾燥しとかんといかん、ということです。卵を、冷蔵庫から出して、調理するまで置いておくと、表面に水滴がついたり(=結露)するじゃないですか。ちょっと忘れて長いこと置いてから料理するというのもよくないです。あと、卵の表面は菌だらけなので、それを触った手で違う食材を触って調理するのもよくないです。
卵白中で菌の増殖はありえないので、卵を割った状態で、黄身と白身がちゃんと分離していればいいんですけど、卵を割って溶き卵にするとき、細かい殻が中に落ちます。そこから菌の増殖が始まるので、卵液のままにしておくのもよくない。そういう、衛生的な、卵の基本的な扱いを、われわれ(教員)はちゃんと教えてるんだけれども、なかなか消費者に伝わらないところがありますね。卵の殻の表面はしっかり殺菌されていても、肉や魚と同様、意外と細菌がついているんです。細菌は、卵白中ではほとんど増殖できませんが、卵黄が混ざると爆発的に増殖します(4、八田一先生)。
買ってきた卵は家で洗った方がいい?
―卵の表面に菌がついてるんだったら、買ってきてから洗ったほうがいい?
A. いいえ。市販の卵は、すでに洗ってあり、次亜塩素酸ソーダ200ppmで殺菌もしています(4、八田一先生)。
A. 家庭で洗うのは逆効果です。家庭で洗うと、殻にある「気孔」という穴から雑菌が入り、腐敗の原因になります。汚れがあるなら拭き取るか、料理の直前にさっと洗うのが正解です(3、徳江千代子先生)。
ひび入り卵は使って問題ない?
―ひびが入ってるぐらいなら別に中身は大丈夫でしょう?
A. 菌が侵入する恐れがあるので、賞味期限に関係なく、しっかり加熱調理してすぐに消費しましょう(3、徳江千代子先生)。
A. 夏場は卵の殻が薄くなります。夏場に殻が薄くなるのは、気温が上昇して、ニワトリの食欲が低下する、つまり夏バテすることが最大の要因と考えられます。現場では、殻の薄い卵は加工メーカーに納品するなど仕分けされ、一般消費者には、殻がしっかりした卵がGPセンター(Grading and Packing Center、卵を洗浄・殺菌し、重さごとに格付けし、箱づめするところ)経由で店頭に並びます(7、タマゴ科学研究会)。
A. 昔の卵は、ひびもほとんど入っていませんでした。ニワトリにカルシウムも食べさせていて、ストレスもない環境で育って、卵の殻って結構強いものですから、問題なかったかもしれません。
でも、今の卵は、大量生産・大量消費。ニワトリは、狭いケージの中で、2羽ずつ飼われています。ほぼ全自動で、えさも水も給餌されています。ボタンを押したら卵はベルトコンベアーで運ばれます。工場まで、長い通路をコロコロ転がりながら、卵どうしがカチカチ当たるものですから、目には見えない、ひびが入ります。ちょっと押すとわかるんです。卵の上下、長径を持って、力を加えて、光を通すと、ひびが入っているのがよく見えるんです。そういうのは、卵のGPセンターでは、ひび割れ卵として検出できない卵もあり、そのまま流通します。卵の表面はすごく汚れていて、卵の殻の表面が傷だらけというのは、ちゃんと知らないといけないと思うんです。私の研究室のデータでは、1個の卵あたり、1,000-100,000個のバクテリア、細菌がついています。目にはみえないひびがある卵は、冷蔵庫に置いておかないと絶対だめです(4、八田一先生)。
日本の卵の生産量は?牛丼屋の卵は生卵?
―日本の卵ってどれくらい作られているの?牛丼屋で出てくる卵って生卵みたいだけど大丈夫?
A.日本の卵の生産量は、約260万トン。卵に換算すると、約400億個分です。そのうちの50%はGPセンターを通り、パック卵になります。30%は「箱卵」といわれる業務用で、10kg/段ボール箱で取引されます。残り20%が液卵工場で割卵されて、全卵液・卵白液・卵黄液となり、殺菌済みのものが食品メーカーで使われます。生食されているのは家庭用のみです。業務用は、サルモネラ食中毒のリスクを恐れ、生卵で出すところはほとんどありません。飲食店では、温泉卵程度に加熱して提供しているところが多いですねえ(4、八田一先生)。
A. キユーピーでは、白身が半熟状の商品を開発して、牛丼屋に販売しています(7、タマゴ科学研究会)。
卵はコレステロールを上昇させる?
―卵を食べるとコレステロールが上がるから食べないようにしてるんだけど。
A. よく、「卵を食べるとコレステロール値が上昇する」と言われますが、ほぼ1日1個食べる人(200mg/dl)と週一回未満しか食べない人(205mg/dl)とで、コレステロールの平均値のデータを見てみると、統計的に有意な差はありません(2、『まいにちタマゴ』)。
パックから出して冷蔵庫の卵ケースに入れ替えていい?
―買ってきた卵は、パックから出して、冷蔵庫の卵ケースに入れ替えておけばいい?
A.卵を保存するときには、揺らさないほうがいいんです。冷蔵庫のドアポケットについている卵ケースに入れてしまうと、ドアを開け閉めするたびに揺れますし、温度変化も大きいです。
最近の冷蔵庫は、冷蔵室の奥に卵ケースがついていることも多いようですね。ただ、卵の殻には、サルモネラ菌がついていることがあります。冷蔵庫の中で、他の食品に移して繁殖させないためには、パックのまま、揺れないように、冷蔵庫の棚の奥にしまっておくのがよいです(3、徳江千代子先生)。
卵の正しい保存方法の向きは?
―卵の、とがった方と、丸い方、正しい保存の向きはある?
A.はい、とがった方を下にします。市販の卵は、すべて、とがった方が下になっているはずです。なぜならば、丸い方には空気の入った「気室」があり、こちらが上だと、黄身が殻に接触せず、安定して鮮度を保つことができます(3、徳江千代子先生)。
卵は賞味期限過ぎたら捨てる?
―卵は賞味期限過ぎたら捨てた方が安心なんでしょう?
A.卵の賞味期限は、生で食べられる期限です(3、徳江千代子先生)。
A. 食中毒を防ぐために大切なのは温度管理です。37度の環境にタマゴを1日置いておくと、生食では危険な状態になりますが、10度で保管すれば50日間置いておいても大丈夫です(2、『まいにちタマゴ』)。
A.卵の賞味期限は「安心して生食できる」期間です。期限を過ぎた卵は加熱調理(70度1分以上、他の食材と混じる場合は75度1分以上)して食べて下さい。
但し保存(常温保存等)の状態によっては腐敗確認し、廃棄した方が安心です。
市販の卵の賞味期限は、25度で保管された場合に生で食べられる「2週間」に設定されています。10度以下で保管した場合、理論的には、産卵から57日間、生で食べることができます。温度管理が徹底できれば、サルモネラ菌は増えることはありません。ただ、産卵から食卓までの温度管理の徹底は、非常に難しいです。よって、安易に10度以下で57日は生食OKと思わない方がよいと思います。鶏卵の日付等表示マニュアルを遵守するのが望ましいです(5、日本卵業協会)。
A. 卵の賞味期限は、最初からサルモネラ菌の一種が中に入ってしまっている「菌入り卵」を基準に定められています。その卵の確率は、3万個に1個、10万個に2〜3個の割合です。でも、外からは見分けがつかないので、仮に菌が入っていたとしても、安心して「生で」食べられる期間として定められているのです。通常は、採卵日から2〜3週間です。「ひびが入っている卵」は、たとえ賞味期限内でも、雑菌が入り込んでいる場合があるので、しっかり加熱して食べてください。卵は、賞味期限が切れてから2週間までなら、加熱調理して食べることができます(6、八田一先生監修のNHK「ガッテン!」)。
A.賞味期限を超えてどれくらい安全なのかというのは、卵の殻の表面のひび割れ状態によって、全然違うんです。一個一個の卵をちゃんと調べて、安全な、ひびのない卵であれば、冷蔵庫に置いておけば、賞味期限を超えても、何日もいけるんです。生で食べても大丈夫だし、それを超えたとしても、加熱すれば、あと3ヶ月は大丈夫かと思います。けれども、そういうのは今の流通の中ではできないじゃないですか(4、八田一先生)。
卵パックの表示「賞味期限過ぎたら加熱調理してお早めに」の意図は?
―なんで市販の卵パックには「賞味期限を過ぎたら加熱調理してお早めにお召し上がりください」と書いてあるの?
A. 産卵してから食卓までの温度管理は非常に難しいですが、温度管理がしっかりできれば、サルモネラ食中毒は防ぐことができます。賞味期限とは、一般の食品の場合は「美味しく食べられる期限」です。食品衛生法において、卵の賞味期限は「生食できる期限」です。卵による中毒のほとんどはサルモネラ中毒です。サルモネラは75度で1分以上加熱すれば死滅します。そのため、賞味期限を経過したものや、ひびの入ったものは、充分加熱して食べてください、と表示しています(5、日本卵業協会)。
A.「鶏卵の表示に関する公正競争規約及び施行規則」など、パック卵の表示に関して関係法令がある為、準拠して表示を行っております(卵メーカー)。
食べられる卵は捨てられている?
―食べられる卵は捨てられているのでしょうか?
A. 一般家庭の場合、賞味期限が過ぎたものが捨てられます。でも、適切に管理されて食べられる卵なので、当社の場合、パック卵や加工用原料卵(茹で卵など)以外の物は、中身を殺菌して、液卵(加工食品用)として出荷しております。その為、廃棄される物は、食用不適品以外はないのが現状です。食用不適卵以外は割卵を行い、液卵として出荷しておりますので、基本的には廃棄という考えはありません(卵メーカー)。
A. 直売の場合、原則的には毎日残ったものは廃棄扱いにしますが、うちでは(ニワトリの)飼料原料として、フィードバックさせます。一般的には、残りは液卵加工などにまわしているのが多いようです(1、養鶏農家、篠原一郎さん)。
A. 卵の無駄や廃棄をなくすための努力としては、卵の正しい知識普及につとめています(5、日本卵業協会)。
卵はサルモネラ菌の食中毒リスクが高い?
―卵は食中毒が怖いから食べたくない、と家族が言うのですが・・・
A. タマゴには、食中毒の原因とされるサルモネラが30,000個に1個の割合で含まれています。食中毒を防ぐために大切なのは温度管理です。たとえば37度の環境にタマゴを1日置いておくと生食では危険な状態になりますが、10度で保管すれば50日間置いておいても大丈夫です(2、『まいにちタマゴ』)。
卵の食中毒は年間何件くらい?
―卵の食中毒は年間どれくらい起きているの?
A. 厚生労働省のデータによれば、年間で2件です(厚生労働省食中毒統計調査、2020年度より)。
サルモネラ菌の食中毒は年間何件?
―ではサルモネラに関するものは?
A. 2020年度の厚生労働省のデータによれば、33件です。
卵の食中毒発生件数はなぜ激減している?
―なぜ最近、卵の食中毒の発生件数は減っているの?
A.次の要因が考えられます。
・農林水産省の鶏卵のサルモネラ総合対策指針により農場段階の衛生対策の徹底
・厚生労働省の鶏卵選別包装施設の衛生管理要領によりGPセンターの衛生管理の徹底
・サルモネラの鶏腸管への定着を軽減するサルモネラ不活化ワクチンの普及
・生食賞味期限表示により賞味期限表示後加熱調理の必要性周知
・家庭内での正しい衛生管理の普及
(5、日本卵業協会)
A.この20年間での激減は、生産者による衛生管理の徹底、食品取扱業者の食中毒への意識向上が要因であると考えます。直近の動向は、新型コロナの影響により、外食産業での発生が減少し、感染者数が減少したものと考えます。厚生労働省のHP等に掲載されているので参照願います(卵メーカー)。
A.賞味期限制度が始まった、その制度の中で、生産者が衛生管理をしっかりするようになったのと、サルモネラのワクチンが広まってきたのがあって、サルモネラ食中毒は激減しました(4、八田一先生)。
あとがき
八田一先生の研究室では、卵を冷蔵庫に1年ぐらい置く実験をしているそうだ。水分が全部蒸発して中身がカラカラになってしまうので「ミイラ卵」と呼んでいるとのこと。筆者も、2020年9月14日に篠原養鶏場で採卵された卵を、2021年9月14日までの一年間、室温に保管したところ、やはり水分が蒸発して中身がカラカラになった。一般生菌数や大腸菌群数、サルモネラ菌の検査をしたところ、菌は検出されなかった。八田先生いわく「たまたま、いい卵にあたっただけ」とのこと。「せっかくここまで卵を安全に扱い、サルモネラ食中毒が激減してきたので、それを維持し、消費者には、ちゃんとした理解をしてほしい。ミスリーディングはしてほしくない」と、強くおっしゃった。
八田先生は、第16回日本たまご研究会(8)で「魯山人の卵かけご飯を科学する」と題して講演される(2022年3月12日13〜17時、於:京都女子大学)。卵について知り、卵料理をよりいっそう楽しむために、参加してみてはいかがだろう。
卵の専門家の知識を結集したこの記事を機に、ニワトリが24時間以上かけて1個生み出す卵(9)を、大切に、おいしく、楽しく食べていただけたらうれしい。
参考情報
1)「卵の賞味期限2週間」実はもっと日持ちする?昔は「乾物」だった卵の知られざる歴史(井出留美、Yahoo!ニュース個人、2020/11/5)
2)『まいにちタマゴ 専門家が教える最高の食べ方』著:タマゴ科学研究会、医学監修:近藤和雄、栄養監修:峯木眞知子(池田書店)
3)『賞味期限がわかる本』監修:徳江千代子(宝島社)
4)近畿アグリハイテク・シンポジウム「Eggcitingなたまごの研究」京都女子大学 家政学部食物栄養学科教授 八田一氏(2008/10/28)
卵の食品物性と酵素を用いたその改変技術八田一氏
5)日本卵業協会 公式サイト
6)NHK「ガッテン!」専門家として八田一教授が監修
7)タマゴ科学研究会 公式サイト
8)第16回日本たまご研究会 (2022年3月12日13〜17時、於:京都女子大学)
9)賞味期限切れ卵は生で何日食べられる?ニワトリが24時間かけて産んだ卵を賞味期限で容赦なく捨てる私たち(井出留美、Yahoo!ニュース個人、2018/5/17)
その他
GPセンター
鶏卵の汚染の経路 on eggとin egg(東邦微生物研究所)