そこが知りたい家電の新技術 iRobot CEOのコリン・アングル氏が語る「ルンバとロボット作りの今後」
iRobot CEO コリン・アングル氏 |
iRobot社の自動ロボット掃除機「ルンバ700シリーズ」が発表された。その製品詳細については、当サイトでもすでにレポート済みだが、今回は、同社CEOであるコリン・アングル氏に単独インタビューした模様をお届けしよう。
ルンバは自動ロボット掃除機の草分け的存在で、この日本でも現在、前年比237%増と売れ行き好調のヒットアイテムだ。今年は、さまざまなメーカーがルンバの後追い的な製品で、同市場に参入してきている。一方、iRobotは、別の一面でも大きな注目を浴びている。それは福島第一原発事故の収束に向けて、建屋内に多目的作業ロボット「パックボット」を投入したからである。
今回は、コリン・アングル氏だが、ロボット作りについてどのような思想を持っているのを聞いてみた。
■ガンダムやスターウォーズにももちろん影響を受けた
――記者会見などでは「実生活に役立つロボットを作るため、iRobot社を設立した」と話されていますが。ロボットを題材としたアニメや映画は今でも人気があります。あなた自身はそういったものに影響を受けたことはないのですか?
日本のロボットアニメだと『ガンダム』や『鉄腕アトム』、アメリカの作品だと『ロボコップ』や『スターウォーズ』。そういった作品はすべて観たことがあります。私がロボットに興味を持ち始めたきっかけとして、そういった作品に影響を受けたというのは事実です。
なかでも、私がもっとも影響を受けたのが『スターウォーズ』。といっても、皆さんがよく知っていらっしゃるような“R2-D2”“C-3PO”ではありません。ダース・ベーダーの戦艦であるデス・スターのなかにいた、黒くて丸い車輪が付いている移動式ロボット(編集部注:おそらくLINデモリッションメクという自律型機雷敷設装置)です。
それが地べたを移動している様子見た時に、「なんてこのロボットはプラクティカルなんだ! ハリウッドのいわゆるファンタジーなロボットじゃないし、これなら僕にも作れる!」って思ったんです。
コリン・アングル氏とルンバ780。後ろのロボットが、東京電力・福島第一原発の事故で、建屋内の放射線量や温度・湿度を測定するために投入された多目的作業ロボット「パックボット」 |
――1990年にiRobot社を設立してからこれまで、全てが順風満帆だったわけではなかったと伺っています。特に、2003年までは厳しい時期が続いたと――それでもロボットを作り続けてこられた理由を教えてください。
実際にはずっと赤字続きだったということはなくて、1990年から1997年までは利益も出なかったかわりに、損失もまったく出てなかったんです。その間は、とにかく依頼のあったさまざまなロボットを作り続け、さらに今度はどんなロボットを作ろうかと考え、とてもエキサイティングな時でした。
1998年にいよいよその後のiRobotを決定づける明確なビジネス思想が生まれ、そこから2003年までが実はずっと赤字でした。ですが、それ以降はずっと黒字となっております。赤字となった期間もずっと我々がロボットを作り続けられた理由は、家庭用ロボットや政府用ロボットが、今後成長し続けるロボット産業の核となると確信があったからです。
■掃除力を高めない機能は必要ない
雑誌や資料を部屋の壁やインテリアに見立て、ルンバがどんな状況でも方向転換できて、引っ掛からないこと、さらには理想の形が円形なのであると理論的に説明する |
――2002年に初代モデルが発売されて以来、ルンバは一貫して“円形+車輪”という方式を採用し続けてますが、なぜルンバはそのスタイル、デザインにこだわるのでしょうか?
まず、この“円形+車輪”という組み合わせに行きつくまでに、我々はいろんなスタイルをテストしました。そのなかで自動ロボット掃除機に求められる能力が、どういうものが必要かをずっと考え続けました。
まず1番目の条件は掃除力が高いこと。ゴミをたくさん拾い集めないことには、掃除機としての価値はありません。続いて、2番目の条件はフロア全体を網羅し、移動できること。そういった機動力がないと、隅々まで掃除はできません。さらに3番目の条件は、ちょっとした段差や障害物があってもスタックせず、止まってしまわないこと。その結果、まずは丸い形が理想型であると決まりました。
丸い形であれば角張った狭いスペースなどに入り込んでしまっても、そこに閉じ込められることはありません。そして2つのタイヤを採用した理由は、ボディコントロールにもっとも適している方式だから。左右2つのタイヤを前後にそれぞれ動かせば、その場で反転するのもカンタンで、方向転換もしやすいからです。
たとえば、キャタピラなどを採用することも同時に考えましたが、床に傷をつけやすいことが分かり、結局不採用となりました。さらにコーナー部分のゴミをとらなければいけないので、ブラシでかき取る方式を採りました。ブラシ自体がやわらかく折れ曲がるものなので、掃除機自体は丸い形状でありながら、それは四角い形状であるのと同じように、角にあるゴミを取ることができるからです。
――逆にルンバを進化させるというアイディアはないのですか? たとえば、ルンバとPCやスマートフォンを無線LAN接続するようなものなど……
現状、ルンバとインターネットを無線LANで繋ぐことが、ルンバの吸引力を格段に良くすることとは思えないので、まだWi-Fi対応のルンバを開発しようとは考えていません。
もちろんインターネットに接続することによって、ロボットのオンオフ機能の手助けとなったり、あるいは掃除力と関係ないところで役に立つかもしれませんが、私たちが常に心掛け、焦点を当てているもっとも重要なポイントは、部屋をきれいに掃除をすることです。
ルンバを進化させることは、効率良くきれいに床を掃除することに関係していなければなりません。ワイヤレスとか無線LAN機能に対応させることは、そのぶんルンバのコストに直結してきます。それにより追加のコストが掛かることは、現状ビジネス的にも割に合わないし、それをユーザーに押し付けることは違うと思うんです。だから、我々はルンバにそういった直接掃除力のアップに繋がらないような機能をつけていないのです。
仮に、将来的にそういった機能をつけてもコスト的な負担がない、もしくは付けることで吸引力などが大幅アップするような利点が見出せるようになった時には、無線LAN対応になることもあるでしょう。
――iRobotではルンバ以外にも、多目的作業用『パックボット』、未来型執事ロボット『エイバ』、そのほか『スクーバ』『ヴェロ』……とさまざまなロボットが発表しています。このようなロボットたちはどのような流れで、どのような思想のもとに製品化されているのでしょうか? 製品化に踏み切る際の基準はあるのでしょうか?
まずはどんなロボットも人の生活に役立つものでなければならず、どんなに優れたロボットであっても、生活に役立つものでなければ製品化はされません。記者発表会などでも申しましたが、ロボットというのは「Dull、Dirty、Dangerous(退屈、不衛生、危険)な仕事から人々を解放する」ものでなければならないからです。
iRobotの社員たちはその思想を前提に、こんなロボットがあったらいいんじゃないかと、常にいろいろなロボット案を提案してきます。つまり、iRobotのロボットは私1人のアイディアから成るわけではなく、iRobotに所属する多く社員たちの考えによって生み出されているのです。ちなみにルンバも例外ではなく、あるエンジニアたちの発想が起点となって、作り出されたものです。
■ルンバと人間はユニークでハッピーな関係を
――ルンバをペットのように可愛がっている人が多いと聞きますが、将来、人間とロボットの関係性はどのようになっていくとお考えですか? たとえば、ロボットと人間が友達や恋人同士になることも考えられますか?
ロボットと人間が友達や恋人同士になれたらたしかに素敵なことですが、正直、どのような関係性が生まれていくかは、将来のことですし、私には分かりません。ただ、現状でも、いろいろな関係性の事例がありますね。たとえば動画投稿サイト「Youtube」などにもアップされていますが、ルンバをペットのように可愛がり、愛着を持っているような人も多くいると聞きます。
もちろん純粋に家事を手伝ってくれる家事ロボットとして、価値を見出している人もたくさんいます。さらにあるデータによると購入した80%ぐらいの人は、“ルンバ”という名前で製品のことを呼んでいるそうです。また、愛着を持ってしまったがゆえに、ルンバを買い替えた時、新しいルンバを“ルンバ”と呼びづらいなんていう話も聞きます。このように多くのユーザーたちが、自分で使っているルンバとそれぞれユニークでハッピーな関係を保ってくれたらうれしいですね。
――iRobotのロボットは、戦争や災害時に活躍することでも知られています。先ほど仰ったように、ロボットが人間を危険なシーンから解放している良い例だと思いますが、その一方、ロボットが戦争を助けているという見方もあります。戦争や災害がなくなったほうが世の中は平和であり、ただ、そうなるとロボットの必要性は少なくなるのも事実です。そういった矛盾に対して、iRobot CEOとして、心の葛藤みたいなものを感じることはありませんか?
戦争や災害というものは、この地球上からなくなった方がいいと私は考えています。今でこそ戦争や災害で活躍するロボットが数多くフィーチャーされていますが、そもそもiRobot創設当初は、探査ロボットを作っていました。
私たちは常にニーズのある領域に向かって、ロボットを作ろうとしています。したがって、災害や軍用として必要あるなら、そういうロボットを作りますが、もちろん人々のロボットに対するニーズはそれだけではありません。このルンバを始め、未来はあらゆる人の生活を便利にするものとして、ロボットが求められる時代が来ると思っています。災害用、軍用よりも、今後はむしろそちらがメインになると考えていますから、そういったことに関する心の葛藤のようなものは一切ありません。
アイロボット社創設者、現CEO(最高経営責任者) コリン・アングル氏。ボストン出身、現在44歳。米国マサチューセッツ工科大学(MIT)で最先端の人工知能研究を進めていた2名と共に、1990年にアイロボット社を設立した創設メンバー の1人。1997年には、コリン・アングルとそのチームがNASAの依頼により火星探査ロボットをデザインし、その功績により、”NASA GROUP Achievement Award”を受賞。その後アイロボット社は、家庭用ロボットと政府用ロボットの成長し続けるロボット産業において、「ルンバ」「パックボット」など、 数々の実用的なロボットを生み出し、世界的規模の企業に成長。彼の斬新なアイデアやリーダーシップは、アイロボット社の成長に多大な貢献をしたとして多数の専門的な賞を受賞。ロボット産業界をリードし続ける第一人者であり、今後も挑戦を続ける開拓者として評価されている |