アメリカの大都市は野生動物がUターンで帰省中
共に生きよう。会いに行くよ、ヤックルに乗って...と思ったら森からどんどんが動物おりてきたよー。
何の話かと言うと、大都市に現れる野生動物の話。この春、ニューヨークではマンハッタンやクイーンズ区の街中にコヨーテが練り歩いてニュースを騒がせたんです。
「これが野生動物が出てきて危ないね」という単純な話でもないのは、こういった事件が年々増加している点。そしてこういった野生動物の出現に対して、市や州の対応はあまり成功していないんですね。
もともと野生動物の生活圏を切り開いて作ったのが都市。人間の住む場所と動物の住む場所をはっきりと区別できるという考えを改めるべきなのかもしれません。
以下の文章はカリフォルニア大学サンタバーバラ校の准教授であるピーターさんによるもの。アメリカの都市にここまで野生動物が入り込んで来ているというのに驚きです。
都市がどのようにコヨーテなどの野生動物に適応してきたか
アメリカの大都市というのはほとんどが、とても豊かな自然環境だったところを開発して作られたものです。ニューヨークやボストンだって壮大な川の河口なわけです。
サンフランシスコやシアトルだって入り江に面しているし、シカゴ、ニューオリンズ、ワシントンD.C.の大部分は広い湿原でした。ラスベガスなんか、砂漠の中にありながら地下水を噴き出してくれる自然界の貴重な水源なんですよね。これらの場所はすべて、いろいろな種類のたくさんの野生の生き物を育んでいたわけです。
都市的なものが発展し始めたのは、アメリカにおいては18世紀とか19世紀になるわけですが、そういった頃はまだ町のど真ん中に野生動物が出てきても別になんにも珍しくなかったんです。ただ狩りと公害がどんどんと拡大するにつれてその数が減って行ったわけです。
20世紀の初めには、都市部に住む動物はネズミとか鳥とかちょっとした野良犬ぐらいにまで減っていたそうです。あと他の動物たちを駆逐していったのが、ペットの猫たちですね。
大型動物たちが戻ってきた
野生動物たちがいつアメリカの都市部に戻ってきたか、正確な時期を特定することは難しいです。ディズニーの映画「バンビ」が公開されたのは1942年ですが、実はこの年は野生動物の流れを理解するには悪くないスタート地点なんです。
人間たちや肉食動物のせいで、バンビや他の森の動物たちは森の奥深くへと逃げなくてはいけませんでした...というのが映画「バンビ」のストーリーでしたが、皮肉にも映画「バンビ」が成功したおかげで逆にシカの都市部の人口は爆発的に増えたんです。
もちろん映画「バンビ」の影響だけではないのですが、二次大戦の後、野生動物に対する人間の態度は大きく変わりました。狩りはアメリカ市民の趣味としては人気がなくなっていき、また郊外と言われる地域はどんどん遠くの田舎へと広がって行ったんです。
その結果、北東のいくつかの州ではほぼ全く見られなくなっていたシカたちがゴルフ場や野球場、民家の庭に次々と現れるようになりました。
1960年代には絶滅危惧種の保護のための法律がどんどんと成立しました。また以前はコヨーテなどの肉食動物をハンターたちに率先して狩りさせるような仕組みがあったのですが、それも廃止されていきました。新しい自然保護区が次々とでき、そこで増えた動物たちは少しずつ近くの町へと姿を現すようにもなりました。
その結果、今のアメリカの状況にたどり着いたわけです。今やキツネやスカンク、アライグマなどはアメリカの都市どこでも見られるようになりました。ハヤブサなどの猛禽類も珍しくないですね。ハヤブサが高層ビルに巣を作っているのを面白がっているCEOやバード・ウォッチャーもいるみたいですが。
1990年代になるとほ乳類の中でも大型の動物が現れるようになりました。コヨーテやオオヤマネコ、クマが森から数マイルも離れたところにひょっこり顔を見せたり、マウンテン・ライオンが町の周辺部をうろちょろしたりし始めました。
まだまだ続きます。ワニたちも一度は絶滅の危機に追い込まれていましたが、今ではマイアミからメンフィスまで広範囲の小川や湖に生息しています。ビーバーやアシカもその数を劇的に増やしました。
イタチの一種であるテンも、一度は北部の森にしか生息していないと思われていましたが、今はニューヨークやフィラデルフィアの郊外の道をトットコ歩いています。私の住んでいる南カリフォルニアではアナグマも最近見られるようになりました。
そのうちデンバーの郊外にオオカミが現れるかもしれませんね。
新しい動物たちの出現に対応した新しいポリシーを
いざ動物たちに遭遇すると普通の人はビックリするか、怖がるか、このどちらかです。どちらの反応も理解はできるものの、これからは少しずつ私たちの方が認識を変えていかなくてはいけません。
野生の動物は人の住んでいない自然じゃないと生活できない、というのは古い考えです。この考えを持っているから、いざ動物に出くわすと驚いてしまうんですね。
動物たちに必要なのは生活圏です。
それは保護された自然地区や、遠く離れたジャングルの奥地である必要は全然ないんです。エサや水や十分な生活の資源があればそれで動物たちは寄ってきて生活を始めます。そしてアメリカの都市部はそれを提供しているというわけです。
食パン1斤よりも大きな動物はとにかく危ない、というのも間違った考えです。もちろん、野生の動物とは適切な距離をとらないといけません。子どもやペットが巻き込まれないようにちゃんと注意を払うことは重要です。
大型の動物は病気を運ぶこともありますが、市や州がそのリスクを減らす対策をすることは十分に可能です。むしろ補食動物がネズミや昆虫などを補食することでそういった病気のコントロールに役立つこともあります。
あと大きいから怖がってしまいますが、実は北米で人間を一番たくさん殺しているのは大型動物ではなくてハチなんですよ、知ってましたか? その次はなんと犬。それからクモ、蛇、サソリ、ムカデ、ネズミと続きます。そして世界全体で、歴史上一番危険だとされている生き物は間違いなく蚊です。コヨーテはリストにも上がらないんです。
それでも市や州はこれらのコヨーテの出現に対して、彼らをより「適切な」生息地へと移動するという対策をしてきています。多くの場合は特にトラブルもなく終わるようですが、3時間近くもマンハッタンの中を追いかけ回して市が赤っ恥をかくという事態もありました。こういう事もあって今のポリシーがその場しのぎの対処療法であることが分かってきた人も多いのではないでしょうか。
今のポリシーというのはちゃんと整備されていなくて、経済的にも無駄が多く、科学的にも根拠がなく、今後続けて行くことができない。そんな野生動物のマネージメント体制だと言えます。
21世紀における都市の野生動物に関するアプローチは次の4つの要素を考えないといけないんじゃないでしょうか。
■どんな管理体制を作るにしても、まずリサーチがありき。特に野生動物の専門家は人間から遠く離れた地域で動物たちの研究をすることを好むので、都市のエコシステムについてリサーチを進めることは特に急務。■ちゃんと市民に教育をしていくことで間違った知識を減らし、地域の協力を得る。
■インフラのアップグレードをすることによって動物を保護し、また動物と人間の不必要な遭遇や、怪我、病気を防ぐ。道の標識や、野生動物に対応したゴミ箱、鳥たちも認識できるような反射しない窓などの導入。
■最後に、分かり易いポリシーの提示。野生動物についてどの部署が何の責任があるのか、どう協力するのかについてのルールの制定。これらは頻度が低くとも重大なエマージェンシーが起きた時に非常に大事。
今後も増え続ける都市の動物たちと人間が平和的に共存していくためにはこれらの要素はとても重要です。
筆者Peter Alagonaはカリフォルニア大学サンタバーバラ校の、歴史、地理、環境学の準教授です。
この文章はThe Conversationに最初に発表されたものです。The Conversationの原文はこちらからどうぞ。Image by Dru Bloomfield under Creative Commons license.
Peter Alagona - Gizmodo US[原文]
(塚本 紺)