不都合な真実をあえて可視化。スニーカーブランドAllbirdsが広める「靴のカロリー表示」
ランニングシューズが進化したら、こうなる。
Allbirds(オールバーズ)とAdidas(アディダス)のスポーツブランド2社が前代未聞のタッグを組み、これまでで最も地球にやさしいスポーツシューズを開発しました。その名も「FUTURECRAFT.FOOTPRINT」。
競合とも言えるメーカー同士がお互いのノウハウを分かち合いながらシューズを作ること自体かなり珍しいんですが、さらに驚くべきはこのシューズの環境負荷の低さ。
商品が作られてから捨てられるまでにどれだけの二酸化炭素を排出するかを「カーボンフットプリント」という数値で表すのですが、一般的なランニングシューズのカーボンフットプリントはだいたい12.5kg CO2e。この数値は、たとえば普通乗用車が50km走行した際に排出する二酸化炭素の量に相当するといいます。
ところが、今回登場した「FUTURECRAFT.FOOTPRINT」のカーボンフットプリントは一足あたりわずか2.94kg CO2e。一般的なスニーカーと比べると、二酸化炭素排出量を76%以上も抑えることに成功しています。
一体どうやってこんなにカーボンフットプリントを下げられたのでしょう?
気になったので、Allbirdsのお店にお邪魔していろいろ伺ってきました。
そこで明らかになったのは、驚くほどストイックな製品作り、素材のオープンソース化、そして「マテリアルイノベーションカンパニー」というコンセプトなど、時代の一歩先を行く取り組みの数々でした。
人にも地球にもやさしいシューズの作り方
Allbirds(オールバーズ)
ニュージーランドとサンフランシスコにルーツを持ち、メリノウール、ユーカリ繊維、サトウキビ、ズワイガニの殻から抽出したキトサンなど、できるだけ自然の素材を活かしたものづくりを推進しているライフスタイルブランド。
代表作の「Wool Runner(ウールランナー)」はカーボンフットプリントをできるだけ抑えつつも、米TIME誌で「世界で最も快適」と評されたほどふっかふかな履きごこち。しかも洗濯機で丸洗いOK!
──Allbirdsがサステナブルなフットウェアをつくり始めたきっかけを教えてください。
Allbirds Japanマネージング・ディレクター 竹鼻圭一(たけはなけいいち)氏(以下、竹鼻):Allbirdsには創業者がふたりいるんですが、そのうちのひとり、Tim Brownは元ニュージーランド代表のサッカー選手です。現役時代からブランドのロゴがたくさん入っているもの、デザインが凝ったものや、プラスチックで作られたシューズが嫌いだったんです。そこで、もっと自然で、地球にやさしい商品が作れないかというサッカー選手としての個人的な体験から始まったのがAllbirdsのスニーカーでした。
Allbirds Japan マーケティング・ディレクター 蓑輪光浩(みのわみつひろ)氏(以下、蓑輪):靴を作るのはTシャツなどよりも比較的に難しいです。作業や工程が複雑だったり、合わせる素材がけっこう煩雑なんです。ですから、靴が作れるようになればアパレル、鞄、靴下や、ほかの商品にも広がっていける。そういう意味でも靴にチャレンジしたっていうのがもともとです。
不都合な真実をあえて可視化
──ファッション業界において、カーボンフットプリントを数値化し、公表したのはAllbirdsが初めてだと伺っています。なぜあえてオープンにしたのでしょうか?
竹鼻:ファッション業界のCO2排出量は年間21億トン。世界で2番目に世界を汚している業界とも言われています。なので、責任はやっぱり重大ですね。ファッション業界を変えることができれば、それだけ大きなインパクトになります。
アメリカで食品のカロリー表示が出だしたのは30年ぐらい前でしょうか。当初はそんな数値を見て商品を買う人がいるの?と思いましたが、今では当然になりましたよね。
蓑輪:そうですね。カロリーが表示されるようになった頃は1000キロカロリーと書いてあってもピンとこなかったですよね。だからカーボンフットプリントの数値も今は「2.94kg」と言われてもピンとこないですが、5年、10年と経つうちに感覚的にわかってくるのかなと思っています。
竹鼻:カロリー表示は、見たければ見て、見たくなければ見なくてもいい。でもそこにチョイスがあることがすごく大事だと思うからこそ、我々もこうしてカーボンフットプリントを数値化して公表しています。
他のメーカーさんもカーボンフットプリントを公表してくださるようになれば、環境への負荷を基準にして消費者が商品を選べるようになります。さらに、我々自身もこれだけ環境を汚してますと一度公表したら、その次に新しい商品を作るときに数値を悪くできないですよね。ですから、我々自身に責任を持たせるためのアカウンタビリティという意味合いもあります。
気候変動との戦いには敵も味方もない
──今回「FUTURECRAFT.FOOTPRINT」を作る上で、アディダスとのコラボに至ったきっかけは?
蓑輪:アディダスさんとタッグを組ませていただいたのは、気候変動が決して一社だけでは解決できない問題だと思っているからです。アディダスの担当者と我々の担当者が両方ともニュージーランド人だからっていうのが直接のきっかけだったとは聞いています。
でも、やっぱり一緒に靴をゼロの段階から作り上げるっていうのはまあまあ大変で。コロナ禍でかなり難しい状況でもありましたし、両社の企業文化や、使っている素材も違うので、1年間であの形に持ってくるのはかなり難儀だったと思います。たしか、はじめはカーボンフットプリントの数値が7kg台だったのかな?そこからだいぶ圧縮して、最終的には2.94kg CO2eという数値にたどり着きました。
ひと味違う、サステナビリティ担当の存在
──どうやってカーボンフットプリントを圧縮したのでしょうか?
竹鼻:開発のプロセスは普通の靴とほぼ同じなんです。デザイナーがいて、デベロッパーがいて。ただし、完璧に一点だけ違うのはサステナビリティの担当者が商品開発に関わっていることです。
蓑輪:たとえば、Allbirds丸の内店のオープン記念にお渡ししている徳島県の藍師が染めた手ぬぐいがあるんですが、日本の藍染めの技術を世界に知ってもらいたいという思いからサステナブルのチームに提案したんですね。
すると、まず藍染めの原材料を聞かれたんです。さらに、藍染め液には何を入れるか聞かれました。藍師の方によると、pHを調整するために貝殻、はちみつ、小麦粉などを加えるそうなんですが、サステナブルの担当者はそこで「小麦はDNA組み換えですか」って聞いてきたんです。本当にびっくりしましたよ。そこまでトレーサビリティを見ているんだなって。
ほかにも、サステナビリティ担当はよく水のことを聞いてきますね。たとえば、我々の靴にはサトウキビ由来のソールを採用しているのですが、サトウキビは丈夫であると同時に灌漑施設がなくても雨水だけですくすく育つんです。
また、アパレルに使われているヘンプ(麻)も灌漑施設がしっかりしていなくても、殺虫剤を使わなくても育ちます。世界的に見るとやはり水の量が限られてきているので、限られた資源をちゃんと有効活用しているマテリアルを探しています。
素材ありきのものづくり
竹鼻:Allbirdsの共同創業者は、我々は靴屋ではなく、マテリアルイノベーションカンパニーであると言っています。まず素材のイノベーションがあり、その上にプロダクトが立脚するという考え方です。
これまでだとデザインがあって、それに合う素材を探してきていたと思うんですね。そうすると、やはり環境に正しいものを選ぶことが難しくなってくる。そうではなくて、先に信頼できるマテリアルがあって、そこからものづくりを進めていくという、今までとはまったく逆の発想です。 ある意味、すごく簡単なことだと思いますよ。先にマテリアルがあったほうが効率的ですし、無駄もないですし。
制約があればあるほどクリエイティビティも豊かになるんじゃないかと私は思っています。ですから、これだけしか使っちゃいけないっていう制約の中で、どれだけクリエイティビティを発揮できるかっていう意味では面白いものづくりの考え方ですよね。
Linuxとの共通点
──Allbirdsが今まで開発してきたマテリアルも、カーボンフットプリントの算出方法も、すベてオープンソース化されているそうですが、なぜ?
竹鼻:そうなんです。我々のウェブサイトに行けばすべて開示していますので、誰でも使っていただけるようになっています。ぜひ他の会社さんにもやっていただきたいということで開示しています。
たとえば、我々がブラジルの会社と一緒に開発した「スウィートフォーム」というサトウキビ由来のマテリアルは、すでに私の知っている限りUGGやティンバーランドをはじめとしたシューズメーカーや他業種が商品化しています。よりたくさんの人が集まって環境を変えることが目標なので、自分たちで技術を囲おうっていうのはもともとないですね。たくさんの人が使ってくださることにより研究開発が進みコストも下がるので、それだけたくさんの消費者の方に買っていただけるということでもあります。
蓑輪:Allbirds本社がサンフランシスコにあるので、シリコンバレーの思想が吹いていて、我々もそれに影響を受けていると思います。オープンプラットフォームにすることにより、その技術がよりイノベーティブになっていくのを体現しているんじゃないかと思います。
竹鼻:ITにたとえるとわかりやすいですよね。Linuxのようなオープンソフトウェアに照らして考えると、我々がオープンにしていることもそんなに変なことじゃないってわかっていただけるかなと思いますね。
蓑輪:竹鼻も言いましたけど、我々だけがやっていても、日本人だけがやっていても変わらなくて、やっぱりみんなが環境負荷を減らしていかないと変わらない。だからこそすべてをオープンにして、みんなを巻き込んでいく必要性が出てくるんじゃないかなと思うんですよね。
人々の意識は変わりつつある
蓑輪:社会が反応し始めましたしね。
竹鼻:そうですね。
蓑輪:今まではエコとかサステナブルとか、ちょっと意識高い人たちだけがAllbirdsに関心を持ってくれていたのが、だんだん本流に浸透し始めている。潮目が変わってきている気がします。
──潮目が変わったきっかけはどこにあったのでしょう?
竹鼻:政策だと思いますね。草の根だけではなく政治と政策のリーダーシップは非常に大切だと思います。 あと、話題性が少ない中で、サステナビリティがひとつのマーケティングワードになっているのも悪いことだけではないと思っています。それがフェーズ1だったらいいんじゃないかなと思うんですよね。だんだん淘汰されていって、本物が残ってくれればいいので。とっかかりとしてサステナビリティがキーワードになっているのは悪くないことだと前向きに捉えています。
蓑輪:みんなが危機感を持ち始めたのかなとも思っています。アメリカやオーストラリアでは火事があって、夏は毎年のように氾濫して。多摩川ですら氾濫したじゃないですか。これはおかしいってみんなが気づき始めていて、少しでもアクションを起こすべきだと考えている人が増えてきていると感じますね。コロナ禍でその動きが加速しているとも感じています。
サステナビリティ・ライト
蓑輪:今、Allbirdsの社内で2030年までにカーボンゼロにするためのシナリオを社員みんなで考えているんです。頑張ればまずは二酸化炭素排出量を半分ぐらいまで削減できるんじゃないかなって思うんですけど、その先はかなりラディカルに生活の様式を変えていかないとカーボンゼロにならないことを痛感しています。
でも、今はまだライトな切り口でいいと思っていて。マイバッグを持ち歩くとか、包装紙を減らすとか、電気をこまめに消すとか、そういう簡単なところから始めればいいと思っています。その上で、Allbirdsの靴を買ったり、パタゴニアさんの服を買ったりするとちょっと貢献できるんだって思えば、みんな簡単に、ライトにアクションを起こせます。
竹鼻:そうですね。それが広まって、ある程度のマスにならないと。我々がフォーカスしてきたのは石油由来のものを使わないことですが、まずそれがフェーズ1だとしたら、次のフェーズでは今増えていっているCO2をカーボンシンクなどに吸い取らせて、排出量を逆転させることですね。
蓑輪:2050年が日本のゼロターゲットなので、Allbirdsは2030年をゼロターゲットにする。そうやって20年間先を進んでいくことによって、見える世界があるだろうと思っています。
ストイックにならなくていい
竹鼻:よく、サステナビリティと商業的な成功は矛盾するものと言われるんですが、そこがそもそも違いますって私は思うんですよ。環境負荷の低い商品がどんどん増えてくると、消費は続いていっても環境に対する負荷は全体的に減っていくわけじゃないですか。だから、サステナビリティと商業的な成功が相反するものではないと思っているんです。
サステナビリティっていうと、全か無か、みたいな話になってしまうことがよくあるんですけど、そうではなくて、できるだけ豊かな暮らしをしながらも、環境に負荷が少ないものを使っていくことが使命なんじゃないかなと思っています。
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