米ハネウェルが開発した新しい量子コンピューターのかたち

人類がやがて手にするであろう革命的な技術の開発が、着々と。

アメリカのテクノロジー・製造分野大手ハネウェルが、自称人類史上最強の量子コンピューターをあと3か月ほどで上市する意向を表明しました。

名だたるコンピューター会社がこぞって量子コンピューターを開発、またはクラウド経由で量子コンピューターを使えるサービスを提供しているものの、現時点で完成している「量子コンピューター」はまだまだ実用性に乏しく、まだ「興味深い科学実験」に近い状態です。

そんな中、ハネウェルが発表した新型量子コンピューターは、IBMやGoogleとは根本的に異なるアーキテクチャを持っており、処理能力とスケーラビリティの両面でより優れていると言えるかもしれません。

とはいえ、まだ量子コンピューターの使い道さえはっきりしていない現段階において、いかにパワフルな量子コンピューターを作ったところでさほど意味がないようにも思われます。むしろ今回の発表で注目すべき点は、ハネウェルがほかのテックジャイアントたちと道を違え、独自のアーキテクチャを追求したことにあるのではないでしょうか。

新しい量子システム

「この新型量子コンピューターを市場に出せる運びとなり、本当にうれしく思っている」と米Gizmodoに語ってくれたのは、ハネウェルの量子ソリューション事業のトップを務めるTony Uttley氏。ハネウェルが得意としてきた高精度制御機能、磁気システムや集積回路などの技術力が集結して新型に至ったと説明してくれました。

古典コンピューターは計算するために2進数の「ビット」を使いますが、量子コンピューターは量子ビット、あるいは「キュービット(quantum bit = qubit)」と呼ばれる根本的に異なるユニットを用います。キュービットは量子力学の理論に則って、原子核のまわりを飛ぶ電子と同じ動きをしているとされます。

ところが、現時点での量子システムはノイズに対するエラー耐性がないことに加え、キュービットが外部からの影響を受けて量子性を急速に失ってしまう欠点を抱えています。これを克服するためには、より長く量子のままでいられるキュービットを作り出す必要があり、今まさに世界中の量子コンピューター開発者がしのぎを削っているところなのです。

GoogleとIBMが開発した量子コンピューターは、冷却された真空チャンバーに入れられた超電導ワイヤーのループにRF(Radio Frequency)と呼ばれる電磁パルスを送ることで人工電子=キュービットを作り出しています。

それに対して、ハネウェルが開発したのは大規模なイオントラップ方式を可能にするquantum charged-coupled device (QCCD)と呼ばれるもの。2次元構造の超高真空間内に捕らえられたイッテルビウム(原子番号70)のイオンがキュービットの役割を果たします。

イッテルビウムイオンはほかの原子の働きにより冷却され、光ポンピングを用いて初期化、すなわち0か1の状態にされます(詳しくはQmediaをご参照ください)。演算終了後に0か1どちらの状態にあるかを確認するにはイッテルビウムイオンと共鳴する光を当て、イオンが光れば1、光らなければ0と読み出す方法が取られていてます。さらにレーザー照射がキュービットとキュービットとの間を区切る「ビットゲート」の役割を果たしています。

スケーラビリティ

量子コンピューターを開発していくうえでの大きな問題点は、よりパワフルな量子アルゴリズムを計算するためにどうやってキュービットの数を増やしていくか。この点、ハネウェルの新型量子コンピューターはスケーラビリティが組み込まれた設計となっており、キュービットを捕えたユニットを増やしていくことが可能、さらにユニット間でキュービットを移動させることが可能なのだそうです。

米ハネウェルが開発した新しい量子コンピューターのかたち

ハネウェルはすでに新型量子コンピューターの性能を確かめるために数々のテストを行なって「量子ボリューム」の数値をはじき出しています。量子ボリュームとは、量子コンピューターの性能を比較して評価できるようにIBMが開発した指標で、使っているキュービットの数に対して「量子システム全体のパフォーマンスを包括的に定量化したもの(IBMのTHINK Blogより抜粋)」。

ハネウェルの量子コンピューターは4キュービット(イッテルビウムイオン4つ)を使った場合の量子ボリュームは16でした。しかし、先のUttley氏によれば、ハネウェルが今後市場に出す予定の商業モデルは量子ボリュームを64まで上げるとのこと。これは今まで開発された量子コンピューターのなかでも最高の数値です。この数値を根拠に、ハネウェルは「人類史上最強の量子コンピューター」と宣伝しているわけです。

競合社からも賞賛の声

ハネウェルと同じくイオントラップ方式の量子コンピューターを開発中のIonQ社の創始者であるChris Monroe氏は、ハネウェルの発表を歓迎しています。

「異なるアーキテクチャが競い合わなければ分野全体が成長していけない。そういう意味で、この発表はとても意義のあることだと思う」と米Gizmodoにメールで語っています。

さらにMonroe氏は、今後量子コンピューターをスケールアップしていく際、IBMやGoogleが開発しているタイプの量子コンピューターでは物理学の常識をくつがえすような大きな進展がないかぎりは難しい反面、イオントラップ方式なら技術的な解決策があるとも説明しています。ハネウェルが開発した量子コンピューターは、今後さらに大きい量子システム、そしてエラー率が低い「きれい」な量子ビットの開発の道すじを示してくれた、とも語っています。

量子コンピューターの性能はどうやって測る?

ハネウェルの「人類史上最強の量子コンピューター」という自社評価については、業界で確立されつつある量子ボリュームを指標に使っており、キュービットの数だけに左右されないものであることをハネウェルのプレスリリースが強調しています。

IBMで量子コンピューターの開発に関わるJerry Chow氏は、IBMが開発した指標が「量子コンピューターの進展を測る一番信頼性の高いベンチマーク」として使われた点についてはうれしく思っていると米Gizmodoにメールで語ってくれました。

しかし、IonQのMonroe氏は量子ボリュームが指標として適しているか半信半疑なようす。量子ボリューム以外にも、量子コンピューターが既存のアルゴリズムをどれぐらい正確に実行できるかどうかも評価の判定に組みこむべきだと主張しています。この点について、ハネウェルのUttley氏はアルゴリズムのいくつかはすでに実行済みだと話しました。

ハネウェルはさらなる開発に意欲

業界に新しい風を吹き込むことに成功したハネウェルの量子コンピューターではありますが、そのパワーゆえではなく、むしろイオントラップ方式という新しい量子システムのあり方を提示してくれたこと自体に意義があります。

新しいと書いたものの、イオントラップ方式の構想自体は20年ほど前からあり、ハネウェル社が過去10年に渡って開発を重ねに重ねてきた技術。今後さらにスケールアップするとなればおのずと期待も高まります。

スケールアップと同時に、ハネウェルは米JPモルガン・チェース銀行と協力して金融サービスに特化した量子アルゴリズムを共同開発していく旨も発表しています。さらに、マイクロソフト社のクラウド上の量子コンピューティングサービス「Azure Quantum」にもハネウェルの量子コンピューターを提供して開発者にアクセスを広げることも決まっています。

量子コンピューターは誰のため?

ここで米GizmodoのRyan Mandelbaum記者が憂慮しているのが量子コンピューターの将来的な使い道です。

「商業用に開発が望まれている量子アルゴリズムは、ハネウェル社のUttley氏が挙げた化学研究や、化石燃料産業・航空宇宙産業向けのものなど、世界をよりよくするような活用法が期待できないどころか、新しい武器が開発され、気候変動に追い打ちをかけるものばかりだ。量子コンピューターという新しい技術は、大企業にますます富を集中させる一方で一般大衆が受ける恩恵はわずかなものだろう…」とMandelbaum氏は批判しています。

しかし、このような心配は時期尚早とも話します。現段階で量子コンピューターができることといったらランダムに数を発生させるぐらいで、実用の範囲が限られているからです。今後開発者に委ねられているタスクは、このシステム上で実行できる有用な量子アルゴリズムを生み出すこと。そしてハネウェル・Google・IBMのような企業は、今後も量子コンピューターの開発レースに全力投球するのみです。

まずは結果が出てから量子コンピューターの有用性を語るべきですが、それまでにまず富と資源を求めてやまない収奪思想からの方向転換が必要なのではないでしょうか。量子コンピューターもまた技術であり、技術は使い方次第。ゼロエミッションを可能にする新しい触媒の開発とか、新型ウイルスにも対応できる万能な薬品の開発とか、世間に貢献できる使い方もあるかもしれないと思うと、一縷の望みを捨てきれません。

Reference: Honeywell, Qmedia, IBM